マスクと点眼が苦手

森 雅志 2018.03.05


 冬はマスクをして外出する人が多い。富山でもマスク姿の人をよく見かけるが、東京では違和感を覚えるくらいに多い。中には帽子をかぶりサングラスをかけてマスクをするという、気付かれないように変装している芸能人を思わせるような重装備の人もいる。東京は乾燥しているから風邪の予防や花粉症対策のためにマスク姿の人が多くなるという状況は理解できるのだけれども、異常なくらいに多いと思う。僕があまりマスクをしないのでそう感じるのかもしれないけれどね。
 何故かマスクになじめないでいる。風邪気味の時など周りの人に迷惑を掛けないためにもマスクをした方が良いとは思うのだけれど、つけてしばらくすると煩く感じてしまう。最近は老眼鏡や遠近両用の眼鏡をすることが多いので余計にマスクを遠ざけることとなっている。何故なら、眼鏡とマスクを同時につけるとあっという間に眼鏡が曇ってしまうからである。二つを同時につけている人は多いけれど、どうやったらあんなふうに上手く使えるのか教えて欲しいくらいだ。ワイヤー様のものが内蔵されていて鼻筋にあわせて密着させるタイプのものを薦められるのだが、それでも眼鏡が曇ってしまう。僕の鼻筋が低いからかも知れない。とにかくマスク苦手人間なのである。
 もう一つ苦手なものが点眼である。僕は子どもの頃から仰向けに寝て片手で瞼の上下をしっかり押さえないと目薬がさせなかった。そのうえ、そこまでしても3回に1回は的をはずすことになるという体たらくであった。したがって椅子に座ったままさす人とか、立ったままさすという点眼名人の技術が羨ましくてならなかった。中には瞼を指で開くこともせず上を見上げたかと思うと片手だけでさすという神業の持ち主がいるけれど驚きを禁じ得ない。もっとも、加齢にともない老眼鏡が離せなくなっていて、目が疲れるせいか目薬の必要性が高まっている。そんな訳で去年から目薬をさす練習をこっそりとしてきた。おかげで最近はなんとか椅子に座ってさすことができるようになってきた。そうは言っても、椅子の背もたれに首を置きのけぞるようにしながら、やっとの思いでさしているのだけれども…。不器用ということなのだろうなあ。
 そんな不器用な僕だが手の爪を切るという作業だけはしっかりと上達してきた。そこまで深く切って大丈夫なのかというくらいに切っている。ほとんど深爪寸前という切り方なのである。何故なのか。それは頭皮の炎症のせいなのである。眠っている時に知らずに頭を掻いてしまい、ひどい時は傷になってしまう。それを防ぐためには爪を短くするしかないので止むを得ず深爪寸前という切り方になっているのだ。子どもの頃の友達にいつも爪を噛んでいて信じられないくらいに短い爪にしていた竹村君というのがいたが、今の僕は当時の竹村君に負けていないと思う。その結果として生活上の不便さも伴うこととなっている。例えば画びょうを抜く時や缶ビールのプルタブを開ける際に苦労しているのだ。何ともはや。
 マスクを使いこなせず、点眼も苦手な不器用人間でも必要に迫られると綺麗に短く爪を切れるようになるということだ。必要は発明の母という言葉があるけれど、必要は技術向上の母でもあるのだ。以前はできなかったワイシャツの袖口のボタン付けも今では3分もあればできるようになった。必要と経験が僕を育ててくれたのだ。暮らしを続けるということはこんなことの繰り返しだとも言えそうだ。とりあえず、目薬をさすことの練習を続けることとし、いつかはマスカレード(仮面舞踏会)で踊れることを夢見ながらマスク生活にも挑戦してみますかな。


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