平成五年夏。チョンさんと…。

森 雅志 1993.10


 七月十九日、彼女は一人で韓国からやってきて、夏の終わりまで我が家に滞在した。彼女の名前はチョン・ウンジュ。
 彼女は日本語も英語も全くと言っていいほどできなかった。当然ながら私の家族は多いに困惑させられた。そのうえ彼女は特別に予定のない日は午前十時頃までシッカリと眠っているのであった。いつも朝の早い我が家の生活リズムは急速に混乱していった………。 
 我が家にはここ数年、何人もの外国人がやってきた。思えば随分色んな人がいた。
リチャード・オニール。オーストラリア人の学生。彼は交換留学生として日本に滞在していたガールフレンドに逢いたくてわざわざやって来たのだった。
B・バトチメグ。モンゴル国の人。彼女は水族館でエイを見つけて感動し、暫くは水槽の前を動こうとはしなかった。家ではみんなが個人用の馬を飼っていると語った。
李 建国。中国遼寧省からの農業研修生。帰国時には梨の若木や接ぎ木用の枝を大事そうに鞄に忍ばせて旅立っていった。
内モンゴル自治区から来ていたジスは自分がヂンギス・ハーンの子孫であると確信していたし、チェコ人のクラインは、一緒に行った海でクラゲを見つけて大騒ぎだった。
 数え上げれば面白いエピソードには事欠かない。それでもそれは国際交流というほど大げさなものではない。私や私の家族が過去に色々な国の人達から暖かくしてもらったことに少しだけお返しをしたいだけなのだ。そして、いつかは子供達が誰かのお世話になるかも知れないという思いもある。いずれにせよ私たちはそうやって良い想い出をたくさん作ってきたのだ。
 時々はチョンさんに手を焼きながらも妻は少しづつ韓国語を覚え、子供達はアッという間に彼女と心を通わせていった。
そうやって夏が過ぎて行き、やがて彼女が帰国する日がやってきた。
時には彼女の生活態度に顔をしかめた母や妻も目頭を押さえながら別れを言った。
「元気でネ!またいつか遊びにおいでネ!」
 こうしてチョンさんとともに過ごした今年の夏は少しばかり物悲しく去って行った。今度は何処の国のどんな人が我が家にやってくるのやら……。
 


目次