カットはお好き?

森 雅志 1996.07


 僕の事務所は中学校の正門に通じる道沿いにある。だから僕は毎日たくさんの子供たちに出会う。朝夕に顔見知りの生徒たちを見つけると決まって僕は声をかけることにしている。子供たちは一様に明るく、声をかけると元気な声が返ってくる。みんな素朴でさわやかな表情である。素直で気持ちの良い生徒たちばかりだ。何年か前には時々アブナイ生徒も見かけたが最近はそんなこともない。もちろん千人以上も在籍する大規模校だから生徒の中にはいろいろなタイプの者もいる。でもそれは自然なことだし問題視するほどでもないと思う。
 ところが正門をくぐって学校の中へ入って見ると、僕が問題視するほどでもないと感ずることを問題だとしている人がいることが分かったのだ。生徒指導の先生のことである。お役目とはいえ実に細部にまで目の行き届く熱心さなのである。頭が下がる。
 先日のことである。長女が前髪を切ってくれと妻に頼んでいた。校則では前髪は眉の上までしか伸ばせないことになっているらしい。僕らの目から見ると伸びているようには感じなかったのでそのままにして登校させた。しかし再検査でまた指摘を受けたとみえ、翌日もまた切ってくれと言う。仕方なく妻がそこらにあったはさみで切ってやった。(ここからがオモシロイ。)翌朝、今度は切り方が不揃いだと言われたというのであった。さすがに変だと感じた僕らは敢えてそのままで登校させた。実はこのとき長女は困惑していたようで、どうも一人で髪を切ってみたようであり、眉を少し切ってしまっていた。かわいそうになった妻はもう一度はさみをいれたが、それでも先生はあと数ミリ切るように長女に命じたのである。生徒たちを並ばせ、髪の毛を押さえてメジャーを当てている熱心な先生の姿が目に浮かぶ。本当に頭が下がる。
 僕がいつも通う理髪店の主人によると散髪をした子供が翌日にもう一度やってくるケースが珍しくないそうであるから、理髪店もミリ単位の職人芸が求められる時代なのだ。
 このことはもちろん極端な例だし、一人の先生の問題でもある。だがこの際だから、僕はこの先生にどうしても言っておきたい。
 「もっと気楽にやりませんか。服装や頭髪を調べるよりも笑顔で声をかけましょうよ。是非にもそうして下さい。このままでは妻は床屋さんに弟子入りしなければなりません。だって髪は毎日伸びるんですから。」



目次