鳥は枝を選び、枝は鳥を待つ

森 雅志 2000.01


 さて、陶芸家で河井寛次郎という人がいる。

その人の言葉に「鳥が選んだ枝、枝が待っていた鳥」というのがある。一見、何の変哲もない言葉である。

一つの木の枝に鳥が止まっている。ただそれだけの風景である。しかし鋭敏な陶芸家の眼は、その風景を見たときに、悟りに近い感慨を抱くのである。

鳥と枝との出会いは巡り合いと言うこと。しかしそれは人から一方的に与えられたものでもなく、当事者がすごく努力して作ったものでもない。ごく自然な巡り合いなのである。


 人と人の出会い、人と仕事の出会い、人と社会の出会い、それらもそういつた自然な巡り合わせだと言う事もできる。そう言った出会いの後の鳥と枝の関係のように、お互いが信頼しあい尊重し合える関係でいられるのか、そこが重要なのである。


 僕と司法書士という世界との出会いはどうだったのか。はたして司法書士という枝に待たれる鳥であったのだろうか。あるいは多くの鳥に信頼してもらえる枝になり得たのだろうか。きわめて疑問である。


 この際にゆっくりと考えてみよう。今日まで自分が止まってきた枝に導かれた多くの出会いに感謝し、出会いから学んだものを考え、「鳥が選んだ枝、枝が待っていた鳥」の言葉を時々に反芻してみる、そんな年にしたいものだと思う。


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