言葉のエピソード3「ご自宅用ですか。」

森 雅志 2000.06


 過日、デパートで扇子を買った。
 支払いをしようとレジのお嬢さんの前まで扇子を手にして歩み寄った。清楚な感じのお嬢さんであった。なんとなく明るい気分で僕は尋ねた。「お嬢さん、いくらですか?」と。
 その時、彼女は次のように答えた。「ご自宅用ですか?」?
 一瞬面食らった。「ナンノコッチャ?」といったところである。それでもマァ、直ぐに意味が理解できた。「これはご贈答用でしょうか。それともご自分で使用されるのでしょうか。それによっては包装の仕方も違ってくるので、この際ハッキリしてチョウダイ! アタシとしては面倒くさい包装などさせないで欲しいんだけど。ウッフン。」という意味だと悟った。
(最近の僕はお蔭様で、随分と若者の感性についていけるようになっているのだ。)
 彼女の質問の趣旨は理解したもののいくらなんでも「ご自宅用ですか?」はないだろうと改めて思った。
 少なくとも僕は自宅に飾っておくために扇子を買った訳ではない。すぐに使いたくて買ったのである。桐の箱にでも入っている高額の扇を買ったのならともかく、あるいはチョットした家具を買ったというのならともかく、二千円程度の扇子に「ご自宅用」という問いかけはどう考えても変である。
 せめて「オツカイモノデスカ」ぐらいのことが言えないのか、と思った。商品によって対応を考えるとか、相手によって判断するとかといったことができていないのである。
 椎名誠がどこかで書いていた話しを思い出す。
 彼が仕事のスタッフたちのためにと大量のハンバーガーを注文した際に、「こちらでお召上がりですか? お持ち帰りですか?」と型通りの質問を受けたというのである。「そんなことが判断できないのか。バカメ! オレが一人で18個ものハンバーガーを喰うバケモノに見えるのか?」と彼は立腹しながらも、「悪いけれど持ち帰ります。」と静かに答えたという話である。
 ことほど左様に世の中がおしなべてマニュアル化してしまっている。富山のデパートもここまで来たかと多いに驚いた。
 そんなことを思いながら黙っていると、彼女はもう一度「アノー、ご自宅用ですか?」と聞いてきた。僕は「いいえ、妾宅用です。」とわざと照れくささを装って答えてやったが、彼女は僕の言葉の意味が理解できない様子で訝しげに僕を見つめていた。


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