K文庫のこと

森 雅志 2001.10


 過日、近所のKさんが逝去された。享年八九歳の大往生である。ご夫人を先に亡くされていたが、時々「○○ちゃん(夫人の名前)は?」と家族に尋ねられたとご遺族からうかがった。長年苦楽をともにした愛妻を思い出し、「○○ちゃん」と口にする姿に心を打たれた。夫婦愛の一つの形を見る思いである。考えて見ると、僕が妻のことを名前で呼んだことは何回くらいあるだろうか。いつも「オカアさん」である。Kさんとの彼我の差は大きい。もっとも妻の方も僕のことを「オトウさん」としか呼ばないのだからおあいこか?
 さて、Kさんは大変な篤志家で、地域の学校などに多額の寄付を続けていらした。例えば僕の母校である小学校の図書館にはKさんが数十年間に亘って寄付をされた「K文庫」というものがあった。入学した僕は直ぐにこのK文庫を知り、卒業までの六年間、暇さえ
あればこのK文庫の書物を読み漁っていた。級友がグランドで遊んでいるのに独りで図書館にこもっていたこともしばしばであった。読書好きの少年はやがて酒好きの中年になってしまったが、僕の読書歴の出発点はこのK文庫だったのである。          
当時から僕は毎年多数の図書を寄付されるKさんのことを心から尊敬していた。そして大人になったら図書の寄贈のできる人間になりたいと子供心にひそかに刻んでいた。     
やがて三十歳を過ぎてからそれを実行することとなった。長く子どもに恵まれなかった僕ら夫婦は長女が誕生した時に感謝の思いを何らかの形で表したいと思った。そして心の隅に抱いていた図書の寄贈ということを実行したのであった。それ以来、毎年長女が誕生日を迎える度に小額ではあったが図書券を送り続けることができた。お蔭で長女も読書好きな少女として成長し、ある日のこと「お父さん、学校の図書館に森文庫というのがある
ヨ。 」と話してくれた。その日僕は子どもの頃の夢がかなったなと思い、素直にうれしかったことを覚えている(もっともその数年後に僕は公職選挙法の規制を受ける身となり、図書の寄贈を中止せざるを得なくなってしまった。残念ではあるが仕方がない)。
今日、長女が「ガブリエル・コレットの全集を読みたい」と話しかけてきた。いよいよ僕の知らない作家に興味をもつ年になったかと感慨深くその声を聞いた。そしてそれもこれも出発点は「K文庫」にあるのだと改めて思った。Kさんに合掌。


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