新しい朝が来た…♪

森 雅志 2008.09.05


 自然を守りながら、多くの登山客に宿泊や休憩の場所を提供してくれている山小屋の役割はきわめて大きい。山岳観光を観光政策の一つの柱と位置づけている立場からも山小屋を応援することは市の責務だと思う。とりわけトイレの整備を支援することは利用者への配慮の面からも環境保護の面からも大切なことである。
 そういう思いを胸に今年も何ヶ所かの山小屋めぐりをしてきた。現在、市内には12ヶ所の山小屋があるのだが、その内で水洗化やバイオトイレの整備が済んでいるところは5ヶ所にとどまっている。そこで昨年から富山市山小屋トイレ整備・改良事業補助制度を立ち上げ、小屋の経営者に対しての働きかけを行ってきた。おかげさまで次年度に向けて改修の検討を開始した小屋が何ヶ所か出てきているようであり、しっかりと応援したいと思う。山に行く人が増え、自然を愛する人が増え、立山連峰の峰々に触れることで故郷に誇りを感じてくれる子供たちが増えるためにも、県外や国外からの立山連峰ファンを増やすためにも、トイレを含む山小屋施設を快適なものにしていきたいものだ。
 さて、山小屋に同宿した見知らぬ人や同じテーブルで休んだ人と談笑することは山行の楽しみの一つだ。同じような楽しみに朝のラジオ体操がある。早朝の山並みの景色を楽しみ、さわやかな空気を味わおうと小屋の近くを散策する人たちが、ラジオ体操の開始を告げる音楽が聞こえると自然に並びはじめ、ラジオから聞こえるあの独特の名調子にあわせて見知らぬ者同士でありながらいっせいに体操を始めるのである。日ごろはあまり体操をしないという人も含めた多くの人が、老若男女を問わずに、まるで心が通じ合っているかのように真面目に体操をする様子は感動的でさえある。山はいいなぁと思わされる。
 ほかの人たちと一緒にやってみると、うろ覚えであるはずの第二体操まできっちりとやれるのが不思議である。子供の頃の夏休み、出席確認のハンコを押すカードを首から提げてやっていたラジオ体操はこの歳になっても体が忘れずにいるということだろう。だから見知らぬ人たちの集団であってもラジオの音にあわせ同じ体操をすることが出来るのだ。そういう意味ではラジオ体操は日本人のほとんどが共有している一つの文化だと言っても良いと思う。戦前に小学生だった人から現在の小学生まで、場合によっては外国に住む人にいたるまで、日本人が世代を超えて共有している記憶なのである。国家管理的な教育を想起するとしてラジオ体操を好感しない人たちがいるかも知れないが、僕は見知らぬ者同士がラジオを前にして共有できるこの記憶を大切にすべきだと素直に思いたい。
 合併した年から市内の山小屋めぐりを続けてきたが未だに足を運んでいない小屋が3ヵ所ある。早く全ての小屋を訪ねて同宿の皆さんとラジオ体操をしたいものだと思う。



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