老いて なお

森 雅志 2010.11.05


 僕の父は大正12年生まれ。今年で満87歳である。母は昭和3年生まれ。今年で満82歳。おかげさまで二人とも梨の専業農家として元気に働いている。本来なら僕が農業後継者として梨畑の経営を継いでいるべきなのだが…。(不肖の息子である。)
 さて父の米寿の祝いに際して、両親に姉夫婦や弟夫婦、そして僕の家族が集まった。その席で父が言った言葉が耳に残った。父はお祝いのお礼を言った後に次のように述べた。
「小さいときから特に体力があった訳じゃない。足が速かった訳じゃない。ことさら得意なことがあった訳じゃない。その代わりに、大きな怪我や病気をしたこともないし、入院をしたこともない。まあ、長生きだけは上手だったということか。」
「長生きが上手」という言葉は、けだし至言であると思う。まさに、「無事之名馬」ということだ。怪我なく無事に走り続ける馬こそが名馬であるとするこの格言は作家・菊池寛による造語のようだが、元にあるのが「無事之貴人」という禅語だとされている。自然体のうちに悟りを啓く者が貴人であるという意味の言葉なのだが、茶道においては一年の無病息災を寿ぐ言葉として使われているらしい。まあ、父に送るとしたら「無事之篤農」という言葉かなあ。
その父の元気の源はなんと言っても梨の栽培意欲にあると思う。先だっても新しく苗木を植えていた。いつになれば収穫できるのかと尋ねたところ、5、6年先だとのこと。そして「その時まで生きとるかどうか分からんけど、いつも梨畑のことを考えることが楽しいのだ。」と。ここがポイントなのだと思う。いくつになっても前向きに考えること、未来志向で生きること、その姿勢が大切なのである。
世の中には父よりもっと高齢でありながら元気に活躍している人は多い。その最たる人が聖路加国際病院理事長の日野原重明さんであろう。99歳というお歳でありながら現役の医師であり、かつ国内外を問わず飛び回っている。堀 文子さんという画家も92歳でありながら旺盛な意欲で作品を発表されている。僕の高校の同級生が画商として堀さんと交流が深いことから以前から関心を高くしているのだが、今年の神戸での個展も盛況であったらしい。先日ある雑誌でこの二人の対談記事を読んだが、言葉の一つ一つに深みがあり考えさせられた。
今年は柴田トヨさんという99歳の女性が出した詩集がベストセラーとなった。「くじけないで」というタイトルの詩集である。90歳を過ぎてから詩作を始めたとは思えない若々しいリズム感のある詩集だと思う。一読をお勧めしたい。また、以前からすごい人だと感服させられているのがエッセイストの清川 妙さんである。現在89歳の女性だが、53歳の歳から英語を勉強して80歳代になっても毎年イギリスを一人旅する行動派なのである。この人の著作「八十四歳。英語、イギリス、ひとり旅」もお勧めである。
年齢とは関係なく活躍している高齢者は実に多い。そしてそういった皆さんはおしなべて未来志向で生きているに違いない。58歳の僕としても負けずに頑張ることとしよう。



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