マエストロ万歳!

森 雅志 2011.08.05


 今月のエッセイでは5月12日に開かれたオーバード・ホールでのチョン・ミョンフン指揮によるソウル・フィルハーモニー管弦楽団の公演について触れたい。
 演奏会は大変素晴らしいものであった。圧巻だったといっても良いと思う。最後に楽団員たちがお互いにハグしあって感動に浸っていたほどであった。さすがに世界のマエストロ、チョン・ミョンフンである。
 実は当日の演目の一曲、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は僕の大好きな楽曲なのである。その大好きな曲をチョン・ミョンフンの指揮で、いま注目の庄司紗矢香の演奏で聴けたのだから大満足であった。庄司さんの演奏は繊細かつ力強いもので打ちのめされたという感じであった。終演後に回収された会場の聴衆のアンケートが通常の演奏会の時と比べて3、4倍の数にのぼったことを見ても高い評価の演奏会だったことがうかがえる。
 それにしても、チョン・ミョンフン氏はよく富山公演に来てくれたものだ。東日本大震災の影響で多くの外国人アーティストが日本公演を取りやめる中で、東京、大阪でチャリティーコンサートをしたうえで特別に富山公演をしてくれたのである。3月16日に予定されていた「チョン・ミョンフン指揮 チェコフィルハーモニー管弦楽団&庄司紗矢香」金沢公演が中止になっていたことを思えば、大変ありがたいことだったと思う。
 開演に際して、特別に許してもらって僕がステージに立たせてもらい、難しい時期でありながら富山公演を予定通り開演してもらったことに謝意を述べることができて良かったと思う。それに対してマエストロが、富山が好きだからどうしても来たかったのだと言ってくれたことが本当に嬉しかった。ありがたいことだと思う。彼は会うたびに富山が好きだと言ってくれる。平成17年にオーバード・ホールで初めてタクトを振って以来、7年間で5度目の富山公演なのである。彼の奥さんもまた富山ファンである。立山連峰の景観や緑あふれる森林や、新鮮な食材などについて大のお気に入りだと話してもらったことがある。何よりもオーバード・ホールとその観客の反応が良いと言ってももらった。これからも素晴らしい富山ファンでいて欲しいと思う。
 当日は終演後に打ち上げの食事会に呼んでもらった。チョン氏に庄司さん、ファーストヴァイオリンをはじめとする演奏者たち、その他のスタッフなど、多くの皆さんとの食事会で痛飲させてもらった。いろいろな国籍のいろいろな目の色の、いろんな髪の色の、いろんな言語の、いろんな文化の、そんないろんな人たちと飲んで良い時間を持てた。
その際に印象深く感じたことは、マエストロが実に腰が低く、スタッフと和気藹々と交流している姿であった。以前に何かの本で、指揮者の本質は「独裁」だと読んだことがある。ベルリン・フィルを率いたフルトヴェングラーの背中にヒットラーは憧れたという逸話を読んだこともある。しかし、チョン氏のスタイルはそうではない。腰が低く謙虚な印象を与える。威圧ではなく、融和をとおして組織の力を最大化するということか。あの夜、酔っ払った勢いで僕とチョン氏はお互いに兄弟分だと言いはっていたのだが、せめて彼の姿勢からリーダーシップのヒントを学ばなきゃならないと今は謙虚に思っている。



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