アサギマダラの神秘

森 雅志 2014.09.05


 北アメリカにオオカバマダラという蝶がいる。きれいな黒とオレンジの翅を持ち、「Monarch Butterfly」(王様の蝶)と呼ばれているという。しかし、美しい翅だけを理由に王様の蝶と呼ばれている訳ではない。この蝶の最大の特徴は「渡り」にある。つまり、渡り鳥のように長距離を移動して渡るのである。カナダ東部や五大湖周辺に生息するオオカバマダラが越冬地であるメキシコまで飛ぶのだそうだ。距離にすると3,000キロメートル以上もの距離を飛ぶのである。さらにすごいのは、越冬地で過ごした後、春になると今度は北に戻るのだそうだ。小さなカラダで驚くべき距離を飛翔する渡り蝶なのである。それ故、王様の蝶と呼ばれているのだ。アメリカではオオカバマダラのスケールの大きい渡りに魅了される人が多くいて、頻繁にマスコミで取り上げられており、ぜひこの蝶を見てみたいというアメリカ人が沢山いるというのだ。
 この不思議な蝶の生態の話をある航空会社の顧問の方から聞いた。この蝶の生態の紹介で終わればこの話はそれだけのことで済んでしまう。しかし、この方の話はここから熱を帯びていくのである。何と日本にもこのオオカバマダラに類似したアサギマダラという蝶がいて、同じように渡り蝶なのだそうだ。このアサギマダラ、春から夏にかけては本州などの標高1,000メートルから2,000メートルほどの高原地帯を繁殖地として生息し、秋、気温の低下と共に南方へ移動を開始し、九州や沖縄、さらには台湾まで海を越えて飛んでいくらしい。香港にまで移動したという記録もあるという。すごいとしか言いようがない日本で唯一の渡り蝶なのだそうだ。
そして、今夏に訪れた立山の美女平周辺で乱舞しているアサギマダラの群れを見て大いに驚いたと熱く語るのだった。また、立山山域にアサギマダラが生息していることをアピールすべきだとの提案もいただいた。
 不明にも渡り蝶の存在をまったく知らなかった僕はこの話に大いに驚かされてしまった。そんなすごい蝶がこの富山の地に、立山にいたとはなあ。立山から台湾まで小さなカラダでけなげにも飛んでいくなんて信じられないことだ。薬師岳の小屋まで往復しただけで筋肉痛に苦しんでいるわが身との彼我の違いは圧倒的に大きい。あらためて、世の中には想像を超えた存在や予想を超えた不思議があることを思わされる。
 アサギマダラはすごい!!と感動しながら薬師岳に赴いた際に、太郎平小屋のご主人にこの蝶の話をしてみると、間髪を入れずに次のように知らされた。「アサギマダラなら薬師の登り口の折立や太郎平にも沢山いるよ!」と。僕は高山植物や野生生物についての知識が全くないので気づかなかったのだが、ひょっとしたら今までにアサギマダラに出合っていたのかもしれないなあ。山の関係者がこともなげにアサギマダラの話をされるのを聞きながら大いに恥じ入った次第。情けないなあ。そんな反省の気持ちを込めて、「アサギマダラ 海を渡る蝶の謎」(佐藤英治著 山と溪谷社)という本を読んでみた。結局、どうやって海を渡るかも、なぜ海を渡る必要があるのかも良く分からないということらしい。不思議の蝶なのである。
 この蝶が富山にもいるという事実は、僕らが気づいていないけれども評価すべき価値や不思議な宝物が富山にはもっと潜んでいるということを暗示しているのかもしれない。もう一度、身の回りにある“普通”や“日常”を再点検してみますか。意外と大発見があるかも…。




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