読書のアキ

森 雅志 2014.10.05


 このエッセイが広報に掲載される頃はまさに秋真っ盛り。山では紅葉が始まっているかもしれない。そして食欲の秋である。毎年恒例のきのこ鍋、今年もぜひ食したいと思う。スポーツの秋とも言う。天気の良い日に軽く山行ができたらいいのだが…。秋、良い季節である。
何故か読書の秋とも言う。読書は天候に左右されるものじゃないのだから、読書の冬とか読書の梅雨などという言い方があっても良いものだがなあ。おそらく秋の夜長が背景にあるのだろう。「明けたかと思ふ夜長の月明かり」という句があったように思う。冬至まではどんどん日暮れが早くなり夜が長くなる。そのうえ月明かりが美しい季節になるので、お酒を楽しみながら読書に耽るにはちょうど良い時期だということか。
 読書の秋にちなんで、本好きの無駄話をしてみたいと思う。
僕の執務室を訪ねて来た人の多くが沢山の本が山積みになっているのを見て驚く。自分でさえ、キチンと片付けたらどうだいと思うくらいだから、多くの人から整頓下手な人間だと思われているに違いない。いったい何冊有るのかは分からないけれど、この4、5年の間に仕事の合間に読んだ本である。幸いにして僕は本を読むのが早い。不思議と子供の頃から早かった。おかげで沢山の本を読めたのだから有り難いことだと思う。どういう訳か2人の娘たちも早い。せっかくの特技?だから、沢山の本を読み続けてほしいと思う。
 僕が読み終わった本を薦めるものだから、いつのまにか秘書課の職員も本好きになってしまった。昼食の時間帯はみんなが何かしら本を手にしている。僕が薦めた本は何人かの手に渡った後、いつのまにかまた僕の部屋に戻ってくる。そして平積みされていくのだ。
 面白い小説やエッセイなどに出会うと引き込まれてしまう。できることなら一気に読み切りたいと思うことさえある。そんな作品に出会えた時は幸せだ。読み進むうちに心が躍る、躍る、躍る。そして心を躍らせた読後感を伝えたくて誰かに薦めることとなる。(迷惑かもしれないのになあ。)
 さて、僕の場合は特別に読書傾向と言うべきものは無い。新聞や雑誌の書評や広告を見て直感で購入する。それも一度に何冊も。それを読み切る前にまた購入ということもある。まことに節操のない読書姿勢なのだ。子供の頃から図書館の本を手当たり次第に読んでいた。中学生の頃は滅茶苦茶だった。三島由紀夫の「午後の曳航」や谷崎潤一郎の「刺青」などまで読んでいたのだから。少年少女文学全集あたりでやめておけば良いものを…。子供の頃の読書姿勢を反省して、夏目漱石を前期三部作、後記三部作と通して読み直したことがある。この歳だからこその読後感に浸ることができた。流石は漱石先生だ。
 若いころは山岡荘八や吉川英治などの大作をよく読んだものだ。最近は、もちろん長編とされるものも読むけれど、太宰治の短編や啄木の歌集なども読み直してみている。太宰治に「満願」という1,500字ほどの超短編小説があるのを知って驚いた。司馬遼太郎や塩野七生のような歴史ものを読み続けることも楽しいが、清水義範や椎名誠のような軽妙な作品も面白い。今は原田マハという作家に嵌っている。20世紀美術を専門とするキュレーターが書いている小説なのだからアートとの交流が面白い。お薦めの作家。
いずれにしてもこの秋はもう飽きたというほどに本を読みたいと思う。それでこそ読書のアキかな?


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