蒸籠の湯気

森 雅志 2015.12.05


 この時期になると思い出す子供の頃の記憶がある。その一つが餅つきの思い出である。今はもう自宅で餅つきをする家庭は少なくなってしまったが、僕が子供の頃はわが家でも年末に餅つきをしていた。新年を迎える前にお正月用の鏡餅を作っていたのである。分家のみんなも集まり、それぞれの家用の鏡餅も作っていたのだから相当の量の餅をついていたのだと思う。
 とにかく餅つきの日が近づくとウキウキとして楽しみだったことが思い出される。それでなくても大家族なのに親戚の者たちが集まってくるのだからお祭り騒ぎだったのだ。めったに会うことのない従兄妹たちや叔父、叔母たちが揃うことが嬉しかった。子どもたちではしゃぎまわっていたことが懐かしい。考えてみると、最近はたくさんの者が一度に集まるという行事自体がなくなってしまったなあ。僕は3人兄弟だが、その3人が揃うことさえ滅多にないことだ。ましてやその3人の家族が全員集まることなど皆無といっても良いくらいだ。おそらくこれからもあるまい。もちろん家族の結びつきが大事だということは分かっている。それでもその家族という意識は一族という意味での家族ではなくなっているのだ。親子を中心とした家庭という家族なのである。そういう時代なのだなあ。そう思うと、餅つきという年中行事は実に大きな意味を持っていたのだと気付かされる。一族という意味での家族はどこへ行ってしまうのだろうか。難しい問題だ。
 餅つきの日の朝は早い。前日からたっぷりの水につけられていた餅米が三段重ねの蒸籠で蒸されていく。母親がかまどにまきをくべていると蒸籠から湯気が上がって来る状景をはっきりと思い出すことができる。やがて蒸しあがった餅米を臼の中にあける。その時に要領よく布巾とすのこを取り出すのが驚きであった。何よりも餅つきの際に手で餅を返すことが神業のように思えた。小学校に上がる前の頃は母親が手をつぶさないかと真剣に心配していたものだ。つきあがった餅は祖母の手で鏡餅に仕上げられていった。でも僕らの期待はあんこの餅や黄粉の餅にあった。大根おろしを付けたものも忘れられない。家の中が笑顔であふれていた。上級生になったころに初めて一人で一臼つけた時の達成感も忘れられない。今でもはっきりと杵の感触を思い出すことができる。蒸籠から上がる湯気の記憶と杵を滑らせるように打ち下ろして餅をついた記憶はこれからも消えることはあるまい。家族の時代だったのだなあ。
 この時期に思い出すもう一つの記憶は大掃除のことだ。今でも年末に大掃除をする家は多いと思うけれど、家族が減ってからはわが家に大掃除という年中行事がなくなってしまった。昔は寒い中でもはたきを掛け障子を張り替えたりしていたのになあ。大人が大掃除をしている間に子供たちは机の片づけなどをやっていた。その作業が新年を迎える前の気持ちのリセットになっていたのだと思う。引き出しに入れっぱなしになっていた答案用紙などをきちんと片づけることで反省材料を見つけることにもなっていたのだろうなあ。雑巾がけを手伝わされることで母親の仕事の大変さを知る機会にもなっていたのだ。そして大掃除が終わるころには家の空気が清新なものに変わっていたのだ。気持ちのための大掃除だったということかもしれない。
今年も餅つきなど出来るはずがないけれど、せめて小掃除だけでもすることにしようか。



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