8月13日に生まれて

森 雅志 2016.08.05


 オショウライの話をしたい。お盆の前日、8月13日の夜に藁で作った松明のようなものを燃やす、あのオショウライである。漢字で書くと御精来や御精霊、あるいは御招霊などと書かれるようだ。盂蘭盆の年中行事の一つで、お盆に先祖の霊があの世から帰ってくるのを迎えるために火をつけるものだ。道が暗いと帰ってくる先祖が困るので明かりを持って迎えるという意味があるとされる。僕も子供の頃は、近くのため池の土手で松明様のものをぐるぐる回していた。そしてこの行事が楽しくてならなかった。なぜならこの日が僕の誕生日だからだ。誕生日の夕方、暗くなるとあちこちで松明が回されているのだから、まるで僕のために特別なことをしてもらっているようで嬉しかったのだ。先祖を迎えるなどという意味も知らず、誕生日が来て一つ歳を重ねたことをみんなが非日常的な作業で祝ってくれているかのように感じていたのである。そのせいか、火の粉が周りに飛んでしまうくらいに勢いよく振り回して怒られもしていた。懐かしい思い出である。
 ところがこのオショウライ、県内の全域で行われているものではないらしい。調べてみると富山市、射水市、滑川市、上市町での風習だということが分かった。もっとも若い頃に石川県の温泉地で見たことがあるから北陸のあちこちにもあるのかもしれないなあ。北陸は浄土真宗の信者が多い地なのでそのあたりが関係しているのだろうか。いずれにしてもオショウライは先祖を迎えるための迎え火である。それに対して、例えば京都の五山送り火のように再びあの世に帰る先祖を見送るための送り火という風習もある。ひょっとしたら迎え火も送り火もする地域もあるのかもしれない。同じ仏教に根ざす風習でもそれぞれの地域性があるということなのだろう。ちなみに上市では河原にやぐらを組んだ大きなオショウライをするらしい。巨大な火が河原のあちこちに出現するのだから見事であろう。
 何にしてももう長いことオショウライをしていない。最近はスーパーにオショウライが売っているそうだから今年は久しぶりにやってみますかな。今はもうため池がなくなってしまったのでどこで火の粉を振り回すことができるのかという課題はあるけれどね。8月13日に生まれた者としては馬齢を重ねたことを再確認する作業にもなるのだけれども、何とかチャレンジしてみたい…。
 盂蘭盆の年中行事としては何といっても墓参りであろう。オショウライはやらなくなっても、さすがに毎年墓参りには行く。お盆の間は先祖が自宅に帰っているのだから、お墓参りは迎え火の前にしなくてはいけないということを聞いた記憶があるけれど、僕の場合はお盆の間に行っている。それも早朝に行くこととしている。暑くなる前にすまそうという魂胆だ。ちょっと横着すぎるかもしれないなあ。本当は心静かに手を合わせ、先祖に頌徳をし、故人に思いする厳粛な儀式なのだ。せめて今年はオショウライの前に心を込めて墓参りをすることとしよう。
 墓参りといえば、あらかじめお墓の掃除をすることが必要になる。父も、なくなった祖父も時間を見つけてはあらかじめ墓掃除をすませていた。僕にはその気力も時間もないことから、毎年富山市シルバー人材センターに依頼している。今年もお願いしようと連絡すると8月に入ると予約でいっぱいだとのこと…。しかたなく7月の末にお願いしたのだが、オショウライの前に一度お墓に足を運んだ方が良さそうである。頑張ることとしよう。


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