「ただいま」が響く家

森 雅志 2017.01.05


 わが家は農家だったので母親が専業主婦として家にいるということがなかった。代わりに祖母が家にいてくれたのだが、こちらも近くの畑で農作業をしていることや家の周囲で働いていることが多かった。その結果、僕が小学校から帰ってくる時間には家に誰もいないということがしばしばであった。
 小学校の低学年だったころの記憶ではあるが、帰宅して玄関を開けて「ただいま」と言っても何の反応もなく、シーンとした空気の中に身を置いていた瞬間のことを思い出すことがある。その時の当てが外れたような寂しさを今になってときどき思い出すのだ。夕餉時になれば家族が全員揃うことは分かっていても、帰宅した時に誰もいなかった時の穴の開いたような気持ちを忘れられないでいるのだ。逆の記憶で言えば、冬になると基本的に母が在宅していたので帰宅時に「お帰り」とか「帰ってきたかい」とかと言ってもらえるのが嬉しかった。
 見方によっては、ある種の帰巣本能の反映なのだと思う。親が見守ってくれる中で巣から飛び立ち、「ただいま」と言って親がいる巣に帰っていくということの繰り返しの果てに本当の親離れや巣立ちがあるということだろうと思う。そう考えれば、誰もいない巣に帰り親を待っていることは巣立ちのための一つの訓練だったのかもしれない。
 娘たちが通学するようになった頃、僕ら夫婦は個人事務所を営んでいた。幸い事務所は子供たちの通学路上にあったので、わが家の娘たちは帰宅途中に事務所に顔を出すことができた。娘たちはそこでしばらく過ごし、誰もいない自宅に帰って行ったのだけれども、巣のサテライトに寄っているようなものだったので帰宅時の寂しさを和らげることができたのではないかと勝手に思っている。
 良く考えてみると、すべての家庭がサザエさんの家のような家族構成ではない。日中は誰も家にいないという家庭の方が多いと思う。そういう家庭の場合、誰かが最初に帰宅することになる。その人の帰宅時には、誰もいない玄関を開けてむなしく「ただいま」と言っているに違いない。妻が元気だった頃はたいてい彼女が最初に帰宅していたのだから、彼女にとっては「ただいま」の空振りの日が多かったのだなあ。今になって気付いて、少しばかりの申し訳なさを感じている。しかしそのお蔭で、僕が帰宅するときには基本的に妻がいてくれ、妻や娘たちに向かって「ただいま」と言えたのだ。有り難かったと思う。
 妻が亡くなり娘たちが働き始めたことによって、ここ数年は僕の帰宅時に誰も家にいないことがしばしばである。それでも僕は「ただいま」と言って帰宅することにしている。わが家という巣に向かって言っているのである。親の巣から巣立った僕が作ったわが家という巣に向かって「ただいま」を響かせているのだ。やがて娘たちが巣立ち僕だけの巣になるのだけれども、一人になっても毎日「ただいま」と言い続けていこうと思う。
 僕の姉は県外にいるのだが帰省したときには決まって「ただいま」と言ってくれる。巣立った娘たちも同じように「ただいま」と言って古巣に寄ってほしいものだ。そしてその時のために古巣を守ることが僕の役目なのだと覚悟している。
 さて、春には巣立ちの季節を迎える。多くの若者が希望を胸に巣立っていく。その若者たちに、未来に向かって大きくはばたけと言ってあげたい。同時に、いつの日にか大きな声で「ただいま」と言いながら故郷に帰ってきてほしいと願ってもいる。そして僕らは君たちの古巣を磨きながら何時までも待っているのだということも伝えておきたい…。


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