95歳の新車

森 雅志 2018.11.05


 過日、父が新車を購入した。95歳の父が、おそらく彼の人生で最後のことになるであろうが、新車を買ったのである。とは言え、買ったのはいわゆるシニアカー、あるいは電動カートと言われている電気で動く車椅子のようなものである。新車特有の香りを発しながら今日もわが家の農作業場に静かに駐車している。95歳の父の新車だと思うとぞんざいにはできない。大切に扱わなきゃ。
 実のところ、95歳の父は最近まで自動車の運転をしていた。昨年の94歳の誕生日の前には運転免許の更新手続きを軽々とこなし新しい免許証を手にしていた。そんな父であるが、昨年の秋に家族で話し合ったうえで乗用車の運転をあきらめてもらった。農作業に必要だから軽トラだけは運転していたいという本人の希望を受け入れて今年の夏までは認めてきた。その一方で、栽培している梨畑が自宅の隣接地だけになってきたことから軽トラさえ乗る機会が減っていた。そこで今年の収穫が終わった時期に再度の話し合いを持ち、軽トラも手放すこととした。その際にシニアカーを購入することを提案したところ納得してくれ、今回の結果となった次第。つまり軽トラを下取りしてもらい新車のシニアカーを購入するというかたちになったのだ。95歳になっていても新車に入れ替えることは嬉しいもののようで、納車の日を今日か今日かと待っている風情が微笑ましかった。
 新車はなかなかの優れものである。一回の充電で約25qも走行可能で、約10°の坂道を楽に上ることができる。最高速度は時速6qだがハンドルを切ると自動的にスピードが落ちるようになっている。また下り坂では安全速度にスピードダウンされるので安心だ。僕も乗ってみたがなかなか快適であった。父も気に入っているようで、天気の良い日には自宅を出てあちこち乗り回しているようである。今朝訊ねてみると、なるべく一般道は走らず農道や昔からの生活道路を移動しているようで安心した。オープンカー!なので冬は寒くて乗れないと思うが、天気を選んで元気に乗り回してほしいものだ。
 さてこのシニアカー、要介護2以上の認定を受けている人の場合に介護事業者からリースができるサービスがある。生憎と言うべきか幸いにもと言うべきか、父は要介護認定を受けていないので購入となったのだが、該当する人は利用してみたらどうだろうか。リース料金は事業者によって違うようだが本人負担額が月額2,000円台からあるようだから必要な方は調べてみほしい。
 数年前に中尾ミエさんから招待してもらって「ザ・デイサービス・ショウ」というミュージカルを見た。その内容は、デイサービス施設に集う高齢者が童謡ばかり歌わされている現状に疑問を抱いた中尾さんが、高齢者でもロックンロールで盛り上がろうと利用者を鼓舞するというもの。モト冬樹さんや尾藤イサオさんなどがロックンロールで盛り上がる高齢者を熱演するのである。なんとあの正司花江さんがエレキギターをかき鳴らすのだから驚いてしまった。そして高齢者のことをニュー・ビンテージと表現したことに唸らされてしまった。そうだよね。老人や高齢者と表現するよりニュー・ビンテージの方が生き生きとしていて元気が溢れている感じがする。僕自身もこれからもっと高齢になっていくのだが、常に新しいことに挑戦していきたいと思わされるミュージカルであった。
 今回の95歳の新車購入のエピソードに際してこのミュージカルのことを思い出していた。さすがにわが父にロックンロールは無理だけれど、新車を楽しく運転する時間を持つことができたことは良かったと思う。この際、思いっきり時速6qで充電切れまでぶっ飛ばせ!と言っておこう。



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