食事の時間

森 雅志 2018.12.05


 「食事って食べ始めたら一瞬に終わってしまうわね。」、亡くなったカミさんが時どきそう言っていたことを思い出す。いつも急いで食べてしまうことが僕の欠点の一つなのだが、カミさんが言っていた意味はそのことについて非難したり注意したりしていた訳ではなく、時間をかけて入念に調理したのに食べ始めると一瞬に終わってしまうあっけなさを素直に口にしたのだろうと思う。なぜなら冒頭の言葉を口にしながらも目は笑っていたからである。そして、みんなが夢中になって美味しそうに食べる様子を見ながら、自分の調理を自己評価して納得していたのだろうと思う。食べ始めたら一瞬にして終わってしまうのだけれども、みんなの満足そうな顔を見てまた意欲がわくという感じかな。
 もちろん僕はカミさんがいつも美味しい料理を作ってくれたことを忘れないし、今もカミさんの料理を味わってみたいと思うことがしょっちゅうある。正直、かなりの頻度でそう思う。もうかなわないことだけれど…。
 準備してもらった食事を食べながら、いつも美味しいと口にしていたし、後片付けを手伝うこともしていた。でも、料理をすることを知らなかった当時の僕は、調理の手間やかかった時間のことなどを分からないまま、せっかく調理してくれた食事を一気に呑み込むように食べていたのかもしれないなあ。反省しきりである。美味しく食べてもらいたいと願って調理してくれた思いに気付くべきであったし感謝すべきであった。一方的に自分の話題ばかりを話しながら食べるのではなくゆっくりと味わうべきであった。テレビを見ながら食事をするというスタイルもいかがなものだったろうか。
 僕は娘より早く帰宅できる日には晩ゴハンの用意をしながら娘が仕事を終えて帰ってくるのを待っている。お腹が空いたと口にしながら食卓についた娘が一気に食べてくれるのを見るのは嬉しい。食べ終えて美味しかったと言ってくれるともっと嬉しい。そんな顔を見せてくれたなら食事が一瞬に終わったとしても構わないと思う。
 そもそも僕の料理はそんなに手間をかけたものじゃない。ビールを飲みながら調理しているくらいだからいい加減なものである。基本的には買いそろえた各種の器具に頼り切った調理なのである。レシピや調理方法がディスプレーに表示される圧力鍋とか電動で大根や長芋をおろす器具とか糖質カットができる炊飯器などである。トウモロコシやサツマイモを自動で焼いてくれる物まである。材料をそろえて切るくらいのことが僕の作業なのだ。食事が一瞬に終わったからといってあっけなく感じるまでもないのである。娘と話しながら一緒に夕食が取れる時間が持てただけで良しとしなきゃ。
毎日のように外食が続く僕のせいで時どき一人で夕食を取らせてしまっている娘を思うと申し訳なさがつのる。今度は一緒に何か作って、二人で一瞬に食べきろうか。



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