平成30年2月1日

 先週長崎に行く用向きがあり久しぶりに出かけた。その際、少しばかり時間があったので亡き伊藤一長前長崎市長の墓に行き墓前に手を合わせてきた。ご存じない方が多いと思うし、この稿によって久しぶりに思い出したという方も多いと思うが、僕にとってはかねてからの宿題とでも言うべき墓参であった。手を合わせながら生前の面影をしのび、交誼を結ばせていただいたことにお礼を申し上げた。
 伊藤一長氏は現職長崎市長として自らの選挙の運動をしている最中に背中に二発の銃弾を浴びて死亡したのである。2007年4月17日に撃たれ、手当ての甲斐もなく翌18日の早朝に亡くなったのだ。現職の市長が暗殺されたのである。明治22年に市制がしかれて以来、現職市長が暗殺されるという事件は後にも先にもこの事件しかない。(1990年に同じ長崎市において本島市長が在職中に撃たれるという事件があったが幸い命は助かっている。)
 伊藤市長は僕より年長であり市長としても先輩であったが、親しく交誼いただいた。お互いに夫婦連れで会食したこともある。なによりも全国市長会や中核市市長会において同志の一人として活動を共にしていた。彼の選挙が終わったら6月に開催予定の全国市長会総会において全国市長会長に立候補する予定で運動もしていたのだが…。突然の凶弾に倒れてしまったのだ。僕は亡き妻とともに長崎市での葬儀に参列もした。思い出の人なのである。
 さすがに墓参することまでは思いが至らなかったのだが、伊集院静さんのエッセイの中に伊藤一長さんの墓の記述を見つけて以来いつかは訪ねてみたいと思い続けていた。それがやっと実現したという次第。大変に立派なお墓である。墓石には南無阿弥陀仏などの表記は無く、「いとう一長」と「初心生涯」という文字が彫られていた。そして果物や生花がたくさん供えられていた。一角には名刺入れが備えられていて広い駐車スペースまであるのだから時折いろいろな人が墓参されているのだと推測された。なによりも墓石も敷地もきれいに手が入り管理されている。誰かがしっかりと見守っているのだろうと思った。そして墓が正対しているのが光り輝く群青の海なのだ。しばらくの間たたずんでいたいと思った。
 伊藤一長さんの冥福を心から祈る。合掌。合掌。(奥様はどうしていらっしゃるのだろうか。)
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