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	<title>家族・暮らし &#8211; 森雅志</title>
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	<description>森のひとりごと</description>
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		<title>何故に仕事は楽しいか？</title>
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		<dc:creator><![CDATA[森雅志]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 04 Feb 2021 23:30:39 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[家族・暮らし]]></category>
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<p>　この稿が市広報に掲載されるのは2月初旬である。僕が任期満了退任する日が視野に入ってきた時期だ。そして市広報に書く機会は2月号と3月号との2回しかないという現実もある。もうすぐ退任するという時期に、あと2回しか書けないという時期に、いったいどんなエッセイを書くべきなのかと悩んでしまった。あと2回しかないのだから真面目にテーマを探さなくてはならないなと考え込んでしまった。最終回は就任時から退任時までを振り返りつつ、市民の皆さんに対する感謝の思いを綴れば良いとして、はたして今回は何をテーマに書けば良いのか…。悩んだ果てに思いついたのが、「仕事は楽しい」ということであった。辞めていく者が後輩や若者に残していく、言わば送る言葉としての仕事感を述べることで今月号のエッセイとしたい。</p>



<p>　ずいぶん前のことだが、「朝、仕事に出かける時に今日は嫌だなと思ったことは無い」と言ったら、「幸せな人ですね」と言われた記憶がある。そのとおり、幸せだと思う。いつも楽しく仕事をしてきた。若い頃に個人事務所を開業して以来、いつも楽しんで仕事をしてきた。県議会議員をしていた時もその仕事に没頭し、誰よりも真剣にかつ楽しく議員活動をしてきたと思う。そして19年間にわたる今の仕事も本当に毎日楽しく働くことができた。「今日は嫌な日だな」と思って家を出た朝は一度もないと思う。毎日毎日、仕事が楽しいと思って過ごしてきた。仕事が楽しいのだから楽しい人生を送ることができた。幸せな人生であったと思う。もちろんこれからもそんな人生を続けていきたいと思っている。</p>



<p>　はたして、どうしたら毎日の仕事を楽しいと感じ続けることができるのか。参考にしてもらえるかどうかは疑問だが、僕なりの仕事を楽しむヒントを紹介してみたい。</p>



<p>　まず、仕事に積極的に、前向きに取り組むことが大切だと思う。仕事から逃げれば仕事は苦役となるが、前向きに臨めば歓びとなる。極端に言えば仕事に愛情を持つこと。そして仕事以外にも夢中になれるものを持つこと。この二つを両立させることが前向きに生きるためには重要だと思う。</p>



<p>　次に、ピンチの時にもユーモアを忘れないこと。困難な時にも余裕をもって笑い飛ばすような太っ腹が求められるということだ。笑いは力だと思う。</p>



<p>　そして、愚痴や悪口を言わないこと。人は自らに愚痴を言ったり、他者に対して悪口や罵詈雑言を言いたい生き物である。しかしそんな後ろ向きの思考からは何も生まれてこないものだ。他者から罵詈雑言を浴びせられても、変わった人に出会えるから人生は面白いなあ、などと楽天的に受け止める。そう考えれば他人に対して悪口を言うことのバカバカしさに気付くはずだ。</p>



<p>　また、日常の些細な変化にも感動する感性を持っていることが大切。アンテナを高くして暮らしていると毎日は発見の連続である。心動かされる事柄に満ちている。些細なことにも心を躍らせることが楽しさにつながると思う。</p>



<p>　自分に似合う身なりをいつも求めていることも大切だと思う。お洒落ごころを持つということだ。お洒落は心を豊かにし、満足感を与えてくれる。今日は大勝負だという日には、お気に入りのシャツを着るとか取って置きの靴下を履くとかすることで心に余裕が生まれる。お洒落は最高の戦力だと思っている。</p>



<p>　人はある種の気分で生きている。ネガティブな気分で暮らすよりもポジティブな気分で暮らす方がいいに決まっている。仕事も遊びも気分に左右されるものだ。だったら強力ポジティブ気分で生きていこうじゃないか。仕事も遊びも楽しんでいこうじゃないか。</p>



<p>　真面目に言います。楽しむことが一番。</p>
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		<title>いつも農作業を手伝ってきた？</title>
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		<dc:creator><![CDATA[森雅志]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 04 Nov 2020 23:30:27 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[家族・暮らし]]></category>
		<category><![CDATA[思い出]]></category>
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					<description><![CDATA[　過日、コンビニに行こうと軽四で道路を走っていたところ、道路上に大量の梨が転がっていて二人の人が慌てて拾っているところに出くわした。この道路は僕が中学生の頃に農道として整備された、直線で走りやすい道であり、梨の最盛期には [&#8230;]]]></description>
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<p>　過日、コンビニに行こうと軽四で道路を走っていたところ、道路上に大量の梨が転がっていて二人の人が慌てて拾っているところに出くわした。この道路は僕が中学生の頃に農道として整備された、直線で走りやすい道であり、梨の最盛期には収穫した梨を運ぶトラクターや軽トラと一般の乗用車などで混雑することが多い。いずれにしても、僕が状況に気づいたときには対向車線には既に5、6台の車が走行できずに停まっていた。僕は車を左側に停めて、転がった梨を拾おうと走って行った。周囲に迷惑を掛けてしまって申し訳ないといった風情で黙々と梨を拾っているのは近所の人であった。時々、僕の梨畑での作業にアドバイスをしてくれる80代の男性と彼の息子の妻の二人である。失敗したという気持ちで緊張しながら作業をしている二人の心を少しでも和らげようと、「僕も若い時に満杯の箱をひっくり返したことがありました…。」と言いつつ作業を急いだ。気が付くと、若い男女3名が一緒になって作業をしてくれていた。車から満杯の梨の箱が落ちたのだから、転がっている梨はほとんどが割れて果汁が浸み出しているので手がべたついてしまうのに、嫌がらずに手伝ってくれる若者の姿にほっとさせられた。彼ら以外の車から新たに手伝おうとする人は現れなかったけれど、クラクションを鳴らす人はいなくて、静かに作業が終わるのを待ってくれていた。まだまだ助け合いの心が生きていることに触れて嬉しくなった。作業が進み1車線程度の幅で通行できるようになるとお互いに譲り合って交互に通行している様子もまた嬉しく感じた。みんな忍びざるの心を持っているということだ。</p>



<p>　ちなみに、僕が若い頃に梨の箱をひっくり返したのは自宅の敷地内であったものの、両親が丹精込めて栽培してきた成果品を台無しにしてしまったという後ろめたさで小さくなっていた。そんな僕に対して父が「まあ、大なり小なりみんなやってることだ。」と慰めてくれた。忘れられない記憶である。</p>



<p>　僕は、毎日忙しく農作業に励む両親のために一生懸命に手伝いをするという健気な少年ではなかった。それでもたまに手伝いに駆り出されたものだ。そんな記憶を辿ってみると、よくぞ無事だったなと思わされる失敗ばかりが浮かんでくる。思い出せる失敗話の幾つかを綴ってみたいと思う。</p>



<p>　小学生の頃に茶畑で新茶葉をいっぱいに入れた畚（藁で編んだ籠、当時わが家ではドーハと言っていた）をリヤカーで運んでいてひっくり返してしまったこと。</p>



<p>　中学生の時に耕運機でリヤカー状のものを牽引する装置を運転していて側溝に落ちる寸前という危険な瞬間があったこと。</p>



<p>　乗用の防除機が無かった頃の農薬散布作業は固定した動力噴霧器から長いホースを伸ばして行っていたのだが、梨の樹に噴霧する父のやりやすいようにホースを引いたり押したりすべきなのに要領が悪くて長いホースを絡ませたうえに足を取られて思いっきりコンクリート柱に頭をぶつけてしまったこと。</p>



<p>　脱穀機などを動かすための農業用三相交流電源をいじっていて感電したこと。</p>



<p>　この歳になっても子どもの頃の失敗を忘れることはできない。その殆どは親にも友達にも言わず、そっと胸の奥に隠してきたものだ。不思議なことに最近になってそんな小さな秘密を告白したくなり、この稿を書いた次第。父が入院し母が施設でお世話になっている今、両親の若い頃からの苦労をしのびつつ、残された梨畑を何とか維持していこうとする思いがそうさせたのかもしれない。ほとんど梨栽培の知識がないけれど門前の小僧の記憶に頼りながら、かつ近所の人に助けられながらなんとか今年の収穫を終えることができた。失敗談を披露することで心をリセットして秋の剪定作業から再挑戦だ。</p>



<p>　さて、来年はどんな梨が取れることやら？楽しみながら頑張りたいと思っている。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<title>きみに読む物語</title>
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		<dc:creator><![CDATA[森雅志]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 04 Sep 2020 23:30:28 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[家族・暮らし]]></category>
		<category><![CDATA[愛のかたち]]></category>
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					<description><![CDATA[　現在、父はある病院に入院している。過日、元気にしているだろうかと気にしながら病室に赴いた。入り口で検温などの手続きを済ませて病室に行ってみると、ベッドががら空きであった。近くにいた看護師の方に「リハビリにでも行っている [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>　現在、父はある病院に入院している。過日、元気にしているだろうかと気にしながら病室に赴いた。入り口で検温などの手続きを済ませて病室に行ってみると、ベッドががら空きであった。近くにいた看護師の方に「リハビリにでも行っているのですか？」と尋ねると、優しく笑いながら「違います。」と答えてくれた。すると他の看護師の人も寄ってきて、同じように、優しく、かつ楽しげに笑っている。僕が訝しげにしていると、併設されている老人保健施設に入所している母に会いに行っていると教えてくれた。実は病院に父が入院していて、併設の施設に母が入所しているという状況なのである。聞けば、毎週月曜日の午後3時に、まだ要介護認定を受けていない96歳の父が病院のスタッフに同行してもらいながら、認知症の92歳の母のところに楽しげに通っているのだと言う。もっとも母は、前の週に父と会っていたことをすっかり忘れていて、毎週、久しぶりに会ったと嬉しげにしているとか。それでも父は毎週楽しみにして会いに行っているらしい。このことを知らされた僕は少しばかり感動してしまった。こんな幸せな夫婦はめったにいないだろう。96歳と92歳でありながら、週に一度のデートができるなんて。前週に会ったことは忘れていても、お互いのことは分かっているのだから、家族のことや昔の思い出話は普通にできる。その程度の認知症なのだから、デートは楽しいものに違いない。70数年夫婦を続けてきたのだから、何も話さなくても分かり合えているのだろうけれども、週一の逢瀬を楽しめるのだから本当に幸せな老夫婦だと思う。</p>



<p>　そんなことを思っていると、大好きな作品の一つである映画を思い出した。ニコラス・スパークスのベストセラー小説を原作として製作された「きみに読む物語」である。詳細な説明は省くけれど、長い間寄り添った夫婦の一生の物語で、年老いて認知症を患い施設に入所している妻に何とか二人の日々を思い出させようとして、夫も同じ施設に入り、毎日のように本を読み聞かせる時間を設けて、二人の若い頃からの日々を小説を読むようにして語り続けるというストーリーである。わが父に小説風に語りかける術はないけれど、来し方のあれこれや、子どもたちのこと、孫やひ孫のこと、梨畑のことなどを語り合っているに違いない。二人の週一デートが長く続くことを願うばかりである。</p>



<p>　これから、高砂人形や翁媼人形のように超長寿のカップルが増えていくことだろう。「お前百まで、わしゃ九十九まで、ともに白髪の生えるまで」が現実になってきているのだ。ところが、片方が要介護認定を受けていて、もう片方は認定を受けていないという場合に、一緒に入所しようとすると、「住宅型有料老人ホーム」か「サービス付き高齢者向け住宅」とかが考えられる。この場合、居宅介護サービスを受けることとなり、施設介護サービス水準という訳にはいかない。一方、片方が介護認定を受けて入所している施設に、要介護状態ではないパートナーが同居することは現状の制度では困難なのである。しかしながら、介護程度の差を超えて一緒にいたいと望む人は増えてくると思う。もちろん自己負担は大きくなるけれども、我が両親のようなカップルが一緒に入所できる施設介護サービスということを考える時代が来ているのかもしれない。難しい課題である。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>果樹手伝い</title>
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		<dc:creator><![CDATA[森雅志]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 04 May 2020 23:30:50 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[チャレンジ]]></category>
		<category><![CDATA[家族・暮らし]]></category>
		<category><![CDATA[政治・政策]]></category>
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					<description><![CDATA[　僕の任期があと1年間となったことから、最近、退任した後の自分の状況を想像して楽しんでいる。遊び心で、フリーになった後に使う名刺の素案を考え、試作してみたりもしている。パソコンで作ったものを何人かに見てもらったが、全員が [&#8230;]]]></description>
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<p>　僕の任期があと1年間となったことから、最近、退任した後の自分の状況を想像して楽しんでいる。遊び心で、フリーになった後に使う名刺の素案を考え、試作してみたりもしている。パソコンで作ったものを何人かに見てもらったが、全員が面白がってくれた。普通の名刺サイズの紙の上部に大きな幸水梨の写真を配し、下部には横書きで名前、住所、電話番号、メールアドレスが並んでいる。これだけでも面白いのだが、やっぱり何らかの肩書が必要だろうと思い至り、編み出した肩書が「果樹手伝い」というものである。さらに、自らの経験の無さを示すために小さな文字で（見習い）と付記されている。家事の方は何とかこなしているので手伝いではなく主体だと思うけれど、農作業の方はまだまだ見習いなので、「家事手伝い」ではなくて「果樹手伝い」なのである。まだ1年間あるので名刺についての修正や見直しがあるだろうけれど、この肩書はぜひ使いたいと思っている。</p>



<p>　さて、肝心なのは農作業をどうやってこなしていくのかということ。僕は梨農家の長男でありながらこの歳までほとんど農作業をしないまま生きてきてしまった。もちろん若い頃から時には人工授粉を手伝ったり収穫作業に加わったりはしてきた。それとてもほんの数日間のことである。いつかはやらなきゃと思いながら踏み込むことができずにきたのである。しかしながら現在96歳になる父が老体でありながら楽しんで梨づくりに精出している様子を見ていて、一昨年あたりから梨づくりの作業や手順を少しずつでも体験していこうと思い至った。もう若くはないのだけれども、自分の原点である農の心に触れてみたいのである。果樹見習いから始めてみたいと思っているのである。昨年の夏には摘み取り、箱詰め、出荷という収穫作業を初めて通しでやってみた。秋には父の指導の下、剪定作業を手伝い、肥料をまいたりした。もっとも防除や剪定や誘引・枝縛りなどという作業はこれからも専業の人にお願いしていくしかない…。それでも何とかできそうなことから少しずつ取り組んでいきたいものだと思っている。</p>



<p>　過日は、姉夫婦に手伝ってもらいながら梨の花を採取し花粉の採葯、開葯作業をしたけれど、素人3人を見かねてか、何人もの人に助けてもらった。そして人工授粉作業である。子供の頃に手伝ったことはあってもほとんど初挑戦であった。とりわけこの作業は開花状況と天候に左右される。そして人手も必要だ。悩んだ末に、農業サポーターの人たちの協力を仰ぐこととなった。お蔭さまで3人のサポーターに来ていただき、友人にも加わってもらい何とかこなすことができた。ちゃんと実がなれば次は摘果作業である。こうやって僕の見習い作業は続いていくのだ。</p>



<p>　さて、手伝ってもらった農業サポーター制度について紹介してみたい。農業サポーターとはわが家に来てもらったように、農繁期などに農業者の元に出向き、有償で農作業の手伝いをする人材グループなのである。もともとは、僕のように農家の生まれでありながら農業から遠ざかっていた人や、非農家であっても農作業に興味のある人たちのために農業技術を習得してもらうための学校である「とやま楽農学園」を開設したことに遡る。この「とやま楽農学園」の狙いは必ずしも就農者を増やすことではなく、空いた時間に楽しみながら農作業に従事して農業者の力になってもらうサポーターの育成にある。現在、そのサポーター登録者が530名ほどいて、野菜農家、果樹農家、花き農家などの協力者として活躍している。農家は繁忙期に働き手を得ることになりサポーターは自分の余暇時間に謝金を得て農作業を楽しむという良い関係が築かれているのだ。これからも続いていくと良いと思うのだが…。</p>



<p>（関心のある方は営農サポートセンターまでご連絡ください。）</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>再びの『巣立ちの春』</title>
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		<dc:creator><![CDATA[森雅志]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 04 Apr 2020 23:30:21 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[家族・暮らし]]></category>
		<category><![CDATA[思い出]]></category>
		<category><![CDATA[愛のかたち]]></category>
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					<description><![CDATA[　4月を迎え、また巣立ちの春がやってくる。この季節に、新しい生活に向けて希望を膨らませている若者の姿を見るのが大好きだ。春の光景だ。春はいいなあという思いを抱きながら今年も新年度を迎えることとなる。 　新年度に入れば僕の [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>　4月を迎え、また巣立ちの春がやってくる。この季節に、新しい生活に向けて希望を膨らませている若者の姿を見るのが大好きだ。春の光景だ。春はいいなあという思いを抱きながら今年も新年度を迎えることとなる。</p>



<p>　新年度に入れば僕の残りの任期は12カ月。広報にエッセイを書く機会もあと12回しかない。そう思うと、懐かしさに動かされ過去のエッセイを読み直してみた。そして、自分の書いた原稿でありながら昔は今よりチョットだけ良い文章を書いていたものだと驚かされてしまった。横着ではあるけれど、過去のエッセイを再掲させていただくことをお許し願いたい。決して手を抜こうとしている訳ではなく、今の僕の心境そのままのエッセイなのでもう一度読んで欲しいという思いからです。何卒、ご理解願います。</p>



<p style="text-align:center">『巣立ちの春』</p>



<p>　僕が執務室でコーヒーを飲むときに決まって使う陶器のコーヒーカップがある。もう長い間このカップを使ってきているので内側の部分や持ち手の辺りが黒ずんでしまっている。実は僕の持ち物や身の回りの品の中でこのカップの愛用期間が一番長い。昭和46年の4月に買ったものなのだから、もう36年間も使っているということだ。良くぞ毀れずに使用に耐えてきたものだ。褒めてやりたいくらいである。</p>



<p>　そのうえに僕はこのカップを購入した日も場所もチャンと覚えているのだ。4月3日、世田谷区の小田急線・経堂駅前の小さな雑貨屋で買ったのである。なぜそんな昔のことなのに覚えているのか。それはその日が大学に入学し東京で暮らし始めた最初の日だったからである。</p>



<p>　東京の大学に進学することを決めたものの、東京は不案内のうえ親戚もないことから父の戦友を頼ってまかない付きの下宿を探してもらったのであった。それが経堂駅から徒歩15分という下宿屋だったのである。いよいよ4月に入り、東京での一人暮らしを始めるべく上京し、四畳半の生活に必要な品物を調達した中にそのコーヒーカップが含まれていたという次第である。</p>



<p>　僕には姉がいるが彼女は高校を出て富山で勤めていたので、僕が家を出て東京で一人暮らしを始めることは家族にとって大事件であったに違いない。そのせいもあって初めて下宿に入るというその日は父親が一緒に上京してくれた。父は下宿のおばさんに挨拶をし、僕の部屋を確認し、部屋を探してくれた戦友を訪ねたうえでその日のうちに帰って行ったと記憶している。あまり多くを語らず、ただ「頑張れよ」と言って上野駅へ向かった父であったが、その胸中を去来したものは大きかったに違いない。息子の巣立ちに対する喜びと期待、親としてのチョットした満足感、そしてかすかな不安と寂しさなどであったのだろうか。その時はそこから始まる新生活にばかり気持ちが向かっていてそんな親の気持ちに気付かない僕であったが、この歳になるとその時の父の思いが良く分かる。親とは本当に有り難いものだと思う。その親の思いや東京での多くの記憶を手元のコーヒーカップが時々思い出させてくれるのだ。その意味では大切な宝物なのである。　</p>



<p>　そしてまた4月がめぐって来た。巣立ちの季節である。あの日の僕のようにあふれる希望を胸いっぱいに抱いて新生活に入る若者が沢山いる。彼らの青春の日々が充実したものであることを願おう。一方、あの日の僕の父のように、成長していく子どもを送り出しながら期待と同時に寂しさを感じている親も多いことだろう。その親御さんたちにもエールを送りたい。しかし何よりも、巣立っていく若者たちが温かく見守っている親の思いをきちんと受け止めてくれることを願わずにいられない。親とは本当に有り難いものだ。</p>



<p>（No.23 平成19年4月5日号掲載）</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>ラオスの七段飾り</title>
		<link>https://morimasashi.jp/2020/03/05/%e3%83%a9%e3%82%aa%e3%82%b9%e3%81%ae%e4%b8%83%e6%ae%b5%e9%a3%be%e3%82%8a/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[森雅志]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 04 Mar 2020 23:30:38 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[家族・暮らし]]></category>
		<category><![CDATA[思い出]]></category>
		<category><![CDATA[日本の文化]]></category>
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					<description><![CDATA[　毎年のことだが、1月の末から3月4日まで、わが家の玄関にはお雛様の描かれた小さな衝立と男雛・女雛の木目込み人形が飾られる。そして、毎年3月4日の早朝にこのセットを片付けて、満開の桜の絵を飾る。季節の変わり目のわが家の風 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>　毎年のことだが、1月の末から3月4日まで、わが家の玄関にはお雛様の描かれた小さな衝立と男雛・女雛の木目込み人形が飾られる。そして、毎年3月4日の早朝にこのセットを片付けて、満開の桜の絵を飾る。季節の変わり目のわが家の風物詩である。</p>



<p>　さて、お雛様の衝立と木目込み人形、この2つのお雛様にはちょっとした違いがある。それは男雛と女雛の並ぶ位置が全く逆であるということだ。衝立の方は向かって右側に男雛が描かれているのに対して、人形の方は向かって左側に男雛が置かれているのだ。よく言われる関東雛と京雛の違いというものだ。わが家の場合の衝立の方の配列を京雛と言い、人形の方を関東雛と言うらしい。何故こういう違いが生じたのだろうか？</p>



<p>　京雛の、向かって右側に男雛、つまりお殿様が座るのは御所における玉座の位置に基づいているらしい。わが国古来の、「左上座」に倣えば、お殿様が一番偉いのだから向かって右側に座るのが慣わしということになる。</p>



<p>　では、何故に関東雛ではお殿様が向かって左側に座っているのだろうか。それには大正天皇のご即位が関係しているらしい。明治時代、なんでも西洋に倣うという風潮が強くなった時期がある。その結果、並び方においても国際儀礼である「右が上位」という考え方が取り入れられることとなった。「左上座」から「右上座」への転換ということだ。そして、大正天皇ご即位の際に、天皇陛下が皇后陛下の右に立たれたことから広くこの「右上座」という風習が広まっていったのだった。お雛様の配列においても、このご即位時のスタイルが定番となっていったのだ。その結果、関東雛と京雛という違いが生まれ、最近は関東雛が主流とのこと。そんな背景など知らずに、わが家では2つの並び方が同居しているということだ。</p>



<p>　ちなみに、僕には僕なりの並び方のルールがある。並んで立つ場合には無頓着で何も気にしてないけれど、女性であれ子どもであれ、守るべき対象と並んで歩く場合には絶えず僕が車道側を歩き、相手が歩道側を歩くということにしている。当然至極のことである。 　</p>



<p>　さて、わが家も娘たちが小さかった頃は座敷に七段飾りのお雛様セットを飾った。このセッティングはひどく寒い時期に底冷えのする座敷で僕が一人で担当する難業であった。そのうえ3月4日中には何があろうと片付けなければならないという第二の難業までもがあった。やがてわが家では、長女が中学に進級した頃に、難業を見かねた娘たちが提案してくれて、現在の衝立と木目込み人形を飾るやり方に変わったのである。爾来、七段飾りセットはわが家の物置に忘れられたまま仕舞われていた。ところが、数年前にあるラオス人の若者と知り合ったことで七段飾りセットの運命（？）は大きく動き出すこととなった。彼は母国と日本で事業をしている実業家で、ラオス政権中枢に繋がる人脈を持つ人物であった。例えば、ラオスの文部科学大臣が彼の叔父であり、ある日、その大臣が日本の伝統的なお雛様を両国友好の証しとして庁舎に飾りたいという希望を持っていることを告げられた。その時、僕が急にわが家の物置で忘れられているセットを思い出し、提供しても良いと提案したところ、一気に話が進展し、ラオス政府の文部科学省庁舎にわが家の七段飾りが飾られることとなったのだった。僕がかなり苦労して何とか梱包したお雛様セットはコンテナに入れられ、とっくにビエンチャンに届いていると聞いていた。組み立て方や並べ方についても詳しい写真付きの資料を同封しておいたのだけれども、未だに展示された写真が届かない。果たしてどうしているのだろうか、ラオスの七段飾り。かの地で大事にされているのなら本望なのだが。 </p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>仲良し友達親子</title>
		<link>https://morimasashi.jp/2019/10/05/%e4%bb%b2%e8%89%af%e3%81%97%e5%8f%8b%e9%81%94%e8%a6%aa%e5%ad%90/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[森雅志]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 04 Oct 2019 16:00:27 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[家族・暮らし]]></category>
		<category><![CDATA[歳時記・世相]]></category>
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<p>　今年も新規採用職員の採用試験のための面接をこなした。初めて市長として採用試験の面接に臨んだ日から起算すると17年も経ているのだから無理もないのだけれど、年々、受験者の若者と僕との年齢差に驚かされる。彼らにしてみると親よりも年長の年寄りにあれこれと質問されるのだから戸惑っているのだろうなあ。一方の僕にしてみると、面接は若者たちのまぶしい若さに圧倒されてしまう時間なのである。毎回感じさせられることが、もう僕が失くしてしまった若さが惜しいということだ。日頃から、老人クラブの中の青年団だ！などとうそぶいていても若者の瑞々しさの前では老いを感じさせられる。あたりまえのことだけれど…。</p>



<p>　さて、今年の受験者の中に驚くべき苦労人がいた。県外から富山大学に入学し、食費も家賃も被服費も遊興費も全てアルバイトで賄ってきたというのである。シングルマザーの母には負担させられないから自分が働いて生活費を作るのは当然のことだと外連味なく話した。僕の学生時代の、親の援助を前提にした自堕落な日々と比べるとなんという違いなのかと思わされた。若者の頑張りに圧倒されてしまった。たまにこういう若者に出会えることが面接試験の楽しみでもある。</p>



<p>　もちろん他の受験者も面接試験への緊張で硬くなりながらも、輝く若さを発揮してくれる。誰もが誠実さやひたむきさを発してくれて気持ちが良い。みんな良い若者ばかりだ。</p>



<p>　でも、男女ともに多くの受験者が、市内の高校を出て地元の富山大学に入り卒業を前にして富山市役所を受けにくる、そんな、親に心配も負担もかけなかった“いい子”が大多数なのである。世の中は、一人暮らしの経験がなく、自分の生活費の心配をしたこともない、ひょっとしたら一人旅もしたことのない“いい子”が増えているのかも知れないなあと感じさせられる。悪いことじゃないけれど物足りなさを感じるのは僕だけだろうか。</p>



<p>　以前に、富山大学の入学式には学生の数より多い保護者が夫婦連れで参加していることに驚いたというエッセイを書いたが、今は高校の入学式や卒業式に親のみならず祖父母が来ることが普通にあるのだと聞いて更に驚いてしまった。親が働いているので小さい時から祖父母が面倒を見てきたからか。そういえば市役所の近くで、孫の塾での学習が終わるのを待つため、時間貸し駐車場があるにもかかわらず堂々と迷惑駐車を長時間している高齢者を見かけるのはしばしばだ…。</p>



<p>　見方を変えると、一人っ子を両親のみならず祖父母も一緒になって大切に育て、いつも仲良くほのぼのとした家庭の中で暖かく養育された“いい子”が増えているのではなかろうか。ある時に読んだ高校の先生たちの談話集に驚かされた。いわく、「最近の子どもたちは親に対する反抗期がない。親も反抗期がないことを自慢している。そもそも父親も母親も子どもを叱らない。子どもは叱られたことがないから教師が注意すると驚いた後に泣き出したりする。反抗期がないということは壁にぶつかったことがないということ。全部親が決めてくれている。そして自分で決められないのにすぐ人のせいにしてしまう、そんな傾向の子どもが増えているのが心配だ。」と。反抗期がないまま親子で仲良く過ごし反発しないまま友達のような親子関係が出来上がり、祖父母もそこに加わり、諍いも反発もない穏やかで平和な家庭が増えていく。タイトルに書いた「仲良し友達親子」の、あるいは「仲良し友達家族」の出来上がり…。良し良し。 </p>



<p>　「仲良きことは美しき哉」と武者小路実篤は言ったけれど、荒野を歩む強さを育むことも必要では？仲良きことだけで良いのだろうか…？</p>



<p></p>
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		<title>早朝除草作業に嵌ったか？</title>
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		<dc:creator><![CDATA[森雅志]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 04 Sep 2019 16:00:10 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[チャレンジ]]></category>
		<category><![CDATA[家族・暮らし]]></category>
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					<description><![CDATA[　10数年前に「草むしりは奥が深い」というエッセイを書いた。そのエッセイでも述べているはずだが、実は僕は草むしりが好きである。いや、長い間自宅の庭の除草はシルバー人材センターに任せていて自分では作業をしていないのだから、 [&#8230;]]]></description>
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<p>　10数年前に「草むしりは奥が深い」というエッセイを書いた。そのエッセイでも述べているはずだが、実は僕は草むしりが好きである。いや、長い間自宅の庭の除草はシルバー人材センターに任せていて自分では作業をしていないのだから、かつては好きだったと言うべきか。長く人任せにしながらそんなことを言ってもにわかに信じてはもらえないとは思うけれど、20年ほど前までは早朝によく庭に這いつくばって草むしりをしていたものである。もちろん汗みどろになるし、腰は痛くなるし、爪に泥が入り汚くなる。それでも僕は草むしりが本当に好きだったのだ。</p>



<p>　何が面白いのか？上手く説明できないのだけれども、雑草の根の先まで引き抜くことができた時の満足感とでも言えば良いのだろうか。微妙に指の力を加減しながら引き抜いて根っこの先まで取れた時の快感は何とも言えないものがある。一方、草は取れても根っこが残った時は不満が残る。だから作業には集中力が求められることになる。その結果、１時間ほども続けていると無心になれるのである。ストレスや雑念が消え心が解放されると言ったら言い過ぎか。</p>



<p>　そうは申せ、実際には随分長い間その作業を人任せにしてきたのである。ところがここにきて庭の草むしりとは違うかたちの除草作業に時間を割く必要に迫られることとなってきたのだ。それは自宅の隣にある梨畑の除草である。父が今まで老体に鞭打ちやってきてくれていたのだが、95歳の身には重い作業だと愚息がやっと気付き、遅ればせではあるけれど僕が始めることとなった。</p>



<p>　まずは、父が使ってきた乗用の除草作業車を使ってみた。車高の低いゴーカートのような作業車で畑の中を縦横に動いて除草していく。結構面白いのだが梨の樹体や鉄線棚の支柱などにぶつからないように注意を払うことを学ばされた。これだけでは樹体の際までの除草ができないので、次はよく使われている刃が回転する刈払機の登場である。僕は早朝にしか時間が取れないので、近所迷惑にならないようにバッテリー式のものを購入し、刃ではなくナイロンワイヤーを回転させる方式で作業をすることとした。さらには、除草剤を噴霧して面的に草を枯らすことも必要だ。父が使ってきた噴霧器があるのだが、初心者である僕に大容量のものは向かないと考え、これもまた充電式の７リットル容量のものを購入した。</p>



<p>　同時に、知人が勧めてくれた除草剤を買ったのだが、その際に面白い体験をした。不明にも購入に印鑑がいることを知らなくて出直そうとしていると、鍵のかかった保管箱の上に「６番レジの横に認印売り場があります」と記載されているのを見つけて驚くと同時に笑ってしまった。</p>



<p>　いずれにしても、そんなこんなで道具をそろえながら僕の除草作業が始まったのであった。前述の庭の草むしりと違って、面的に刈ったり枯らしたりするという作業だから根っこを引き抜くという快感はないものの、結構無心になって作業をすることができ、なかなかに楽しい時間となっている。雑草にあわせての除草剤の希釈率など勉強しなければならないことがたくさんあるけれど、楽しみながら経験を積んでいきたいと思っている。</p>



<p>　 実はこの稿を３日連続で早朝除草作業をした午後に書いているのだが、 今朝、娘に次のように注意された。「いつもと違ってお父さんが後からお風呂を使うのでバスタブを洗えない。今日は洗っておいてね！」と。今朝は除草で出た汗をお風呂で流した後、汗をかきつつお風呂掃除ということになった。それもまた楽しい作業ではあったけれど…。</p>
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