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	<title>歳時記・世相 &#8211; 森雅志</title>
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	<description>森のひとりごと</description>
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		<title>仲良し友達親子</title>
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		<dc:creator><![CDATA[森雅志]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 04 Oct 2019 16:00:27 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[家族・暮らし]]></category>
		<category><![CDATA[歳時記・世相]]></category>
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<p class="wp-block-paragraph">　今年も新規採用職員の採用試験のための面接をこなした。初めて市長として採用試験の面接に臨んだ日から起算すると17年も経ているのだから無理もないのだけれど、年々、受験者の若者と僕との年齢差に驚かされる。彼らにしてみると親よりも年長の年寄りにあれこれと質問されるのだから戸惑っているのだろうなあ。一方の僕にしてみると、面接は若者たちのまぶしい若さに圧倒されてしまう時間なのである。毎回感じさせられることが、もう僕が失くしてしまった若さが惜しいということだ。日頃から、老人クラブの中の青年団だ！などとうそぶいていても若者の瑞々しさの前では老いを感じさせられる。あたりまえのことだけれど…。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　さて、今年の受験者の中に驚くべき苦労人がいた。県外から富山大学に入学し、食費も家賃も被服費も遊興費も全てアルバイトで賄ってきたというのである。シングルマザーの母には負担させられないから自分が働いて生活費を作るのは当然のことだと外連味なく話した。僕の学生時代の、親の援助を前提にした自堕落な日々と比べるとなんという違いなのかと思わされた。若者の頑張りに圧倒されてしまった。たまにこういう若者に出会えることが面接試験の楽しみでもある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　もちろん他の受験者も面接試験への緊張で硬くなりながらも、輝く若さを発揮してくれる。誰もが誠実さやひたむきさを発してくれて気持ちが良い。みんな良い若者ばかりだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　でも、男女ともに多くの受験者が、市内の高校を出て地元の富山大学に入り卒業を前にして富山市役所を受けにくる、そんな、親に心配も負担もかけなかった“いい子”が大多数なのである。世の中は、一人暮らしの経験がなく、自分の生活費の心配をしたこともない、ひょっとしたら一人旅もしたことのない“いい子”が増えているのかも知れないなあと感じさせられる。悪いことじゃないけれど物足りなさを感じるのは僕だけだろうか。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　以前に、富山大学の入学式には学生の数より多い保護者が夫婦連れで参加していることに驚いたというエッセイを書いたが、今は高校の入学式や卒業式に親のみならず祖父母が来ることが普通にあるのだと聞いて更に驚いてしまった。親が働いているので小さい時から祖父母が面倒を見てきたからか。そういえば市役所の近くで、孫の塾での学習が終わるのを待つため、時間貸し駐車場があるにもかかわらず堂々と迷惑駐車を長時間している高齢者を見かけるのはしばしばだ…。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　見方を変えると、一人っ子を両親のみならず祖父母も一緒になって大切に育て、いつも仲良くほのぼのとした家庭の中で暖かく養育された“いい子”が増えているのではなかろうか。ある時に読んだ高校の先生たちの談話集に驚かされた。いわく、「最近の子どもたちは親に対する反抗期がない。親も反抗期がないことを自慢している。そもそも父親も母親も子どもを叱らない。子どもは叱られたことがないから教師が注意すると驚いた後に泣き出したりする。反抗期がないということは壁にぶつかったことがないということ。全部親が決めてくれている。そして自分で決められないのにすぐ人のせいにしてしまう、そんな傾向の子どもが増えているのが心配だ。」と。反抗期がないまま親子で仲良く過ごし反発しないまま友達のような親子関係が出来上がり、祖父母もそこに加わり、諍いも反発もない穏やかで平和な家庭が増えていく。タイトルに書いた「仲良し友達親子」の、あるいは「仲良し友達家族」の出来上がり…。良し良し。 </p>



<p class="wp-block-paragraph">　「仲良きことは美しき哉」と武者小路実篤は言ったけれど、荒野を歩む強さを育むことも必要では？仲良きことだけで良いのだろうか…？</p>



<p class="wp-block-paragraph"></p>
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		<title>新しい朝がまた来た…♪</title>
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		<dc:creator><![CDATA[森雅志]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 04 Aug 2019 16:00:45 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[思い出]]></category>
		<category><![CDATA[歳時記・世相]]></category>
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					<description><![CDATA[　8月5日に環水公園の親水広場で2019年度夏期巡回ラジオ体操・みんなの体操会が開催される。夏休み期間中に指導者やピアノの演奏者などが全国を巡回し、それぞれの地域の住民が会場で一斉にラジオ体操する様がNHKのラジオ放送で [&#8230;]]]></description>
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<p class="wp-block-paragraph"> 　8月5日に環水公園の親水広場で2019年度夏期巡回ラジオ体操・みんなの体操会が開催される。夏休み期間中に指導者やピアノの演奏者などが全国を巡回し、それぞれの地域の住民が会場で一斉にラジオ体操する様がNHKのラジオ放送で生中継されるあの企画である。10年以上前に早朝から参加した記憶があるので富山市で開催されるのは久しぶりということになる。できれば当日に多くの人に参加してほしいものだ。そんな思いもあって、この稿はラジオ体操について述べてみたいと思う。(10年以上前に「新しい朝が来た…♪」というラジオ体操の歌の歌いだしを引用したタイトルでエッセイを書いていたので、今回のタイトルを「新しい朝がまた来た…♪」として遊んでみました。)</p>



<p class="wp-block-paragraph">　調べてみるとラジオ体操の起源は大正12年に逓信省の課長がアメリカ出張の際に知ったアメリカ版ラジオ体操を紹介したことに遡る。それを受けて文部省が昭和3年に「国民保健体操」の名前で発表。その後、天皇の御大典記念事業の一環として東京で放送が開始された。全国放送として定着したのは昭和9年以降であった。その後、終戦でいったんは中止となったものの、昭和26年に現在のラジオ体操第一が制定され、翌年に第二が制定された。そして昭和28年に夏期巡回ラジオ体操会が開始されている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ちなみに現在のラジオ体操の歌は昭和31年に藤浦洸作詞、藤山一郎作曲で作られている。子供の頃になじんだ歌は今も忘れていないし、そもそも何故か僕はこの歌が大好きなのだ。同じように「若い力」とか「富山県民の歌」とかも大好きなので死ぬまで忘れないのだろうなあ。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>　</strong>閑話休題</p>



<p class="wp-block-paragraph">　そして、全国の町内会や自治会で行われているラジオ体操の会は昭和5年に神田万世橋署の面高という巡査が「早起きラジオ体操会」を実施したことが起源とされている。僕は子供の頃から早起きだったのでこの行事が大好きだった。体操の後に列に並んでハンコを押してもらい得意げに帰宅していたものだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ところでラジオ体操第三というものがあったことをラジオ体操の歴史を調べて初めて知った。動きが複雑で躍動的すぎたためラジオの音声でその動きを伝えることが難しく普及しなかったらしい。その後、平成11年には「みんなの体操」という座位の体操が作られている。不明にもこのことは良く知らなかったのだが、おそらくテレビ体操の時間に放送されている椅子に座って行う体操に違いない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　さて、山行の楽しみの一つに朝のラジオ体操がある。早朝の山並みの景色を楽しみ、爽やかな空気を吸い込もうと散策している人たちがラジオ体操の開始を告げる音楽が流れてくると自然に並びはじめ、ラジオから流れる名調子にあわせて見知らぬ者同士で一斉に体操を始める。日頃あまり体操をしない人も含めて、老若男女を問わず、心が通じているかのように真面目に体操をする様子は感動的でさえある。一緒にやってみるとうろ覚えだった第二体操までやれるのが不思議である。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ラジオ体操は日本人のほとんどが共有している一つの文化だと言っても良いと思う。日本人が世代を超えて共有している記憶なのである。僕は見知らぬ同士がラジオを前にして共有できるこの記憶を大切にすべきだと思う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　この話をある人にしたら、富山駅の中で進行中の路面電車の南北接続工事の現場でも始業前にラジオ体操が行われていると教えてもらった。恐るべし!ラジオ体操。</p>
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