森のひとりごと

生き心地の良い町

2019.06.05

 新元号になって書く最初のエッセイがこの内容で良いのだろうかと思いながら重い筆を取っている。重いテーマではあるけれど極めて重要なことであり、そして富山市における状況が改善傾向にあることを考え、思い切って書いてみることとした次第。
 その重いテーマとは、自殺死亡率についてである。実際の死亡者数を人口10万人あたりに換算したものが自殺死亡率である。一般にはあまり知られていないのだが、全国の自殺死亡率が毎年減少傾向にある中で富山県と富山市の数字は全国の数字を超えていた。ところが富山市の率が3年前から全国の数字を下回っているのだ。自殺対策は特効薬のように即効性のある取り組みを見つけることが難しく地道に対応していくしかない。悩みでうつ状態になっている人を温かく見守ってあげて、少しずつ悩みを和らげ笑顔に導いていくことが大切である。そのためには対人関係の改善と地域での連携がポイントになる。
 何とかして富山市の改善傾向をもっと伸ばしていきたいと思っていたところ、『生き心地の良い町』という本に出会った。そして驚くほど自殺率の低い町の存在を知った。それは徳島県にある旧かい海ふ部ちょう町という町である。今は両隣の町と合併してかいよう海陽ちょう町となっているのだが、海部町を挟む2つの町の自殺率が全国平均値より高い地域であるのに、中間にある海部町だけが突出して低いのだ。もちろん人口が300人くらいの離島の村で30年間自殺者が1人もいないという例はあるのだけれど、陸続きでありながらある町だけが極端に低いということはその町の暮らし方や地域性に秘密があるということになる。そんな興味からこの本をじっくりと読みこんだ。
 総面積27平方キロメートルという小さな町である。そして合併時の人口は約2600人ということ。そのうえ住民のほとんどが長屋のようにびっしりと連担した2階建ての住宅群に住んでいる。多くの家庭が漁師であり、男性は早朝に漁を終えると昼寝をしたりしながら網づくろいをして談笑をする。女性は共同の洗濯物の干し場で世間話をする毎日。夕食の準備中に赤ん坊が泣いていると隣の家のおばあ婆ちゃんがあやしに来てくれるような地域なのだという。要するにみんなが一つの家族のように地縁性が強い地域だということだ。なるほどねと思いつつ、逆の見方をすれば過干渉でうっとう鬱陶しい社会じゃないのかと心配にもなる。
 百聞は…の例えもあると思って、この町に行ってきた。町をブラブラと歩き漁港で共同作業している様子も見てきた。本での予備知識があったものの、街並みは想像以上の過密ぶりであった。人口密度が極端に高い地域なのだ。宿泊した宿では何人ものスタッフに話を聞いた。「この町ではみんなが自由気ままに生きている。」「お互いに多様な生き方を認め合っている。だから老人クラブの加入率が低い。」という声がある一方で、ほうばい朋輩組という相互扶助組織があってそれが地域活動を支えているという。そしてそれぞれの人が主体的に地域にかかわっているらしい。だから「どうせ自分なんてと考えない。」のだという。
 二泊三日の訪問では謎が解ける訳がないのだけれども、この町は何かが違うな!と感じて帰ってきた。帰りしなに若いママに出会った。ベビーカーを押しながら明るい笑顔であいさつ挨拶をしてくれた。すがすが清々しい思いにさせられた。
 いずれにしても富山市の改善傾向を確かなものにしなければならない。そのためにも明るい笑顔で自然に挨拶が生まれる地域を作っていきたいものだ。
 「令和」になって明るい雰囲気に満ちている。明るい時代にしたいと強く思う。

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