森のひとりごと

2024年12月22日

2024.12.22

(ヨタ話の4題目 これで終いにします。)

「コンチワー ご隠居居ますか? また来ちまいましたよ。」
「おや八つあんにクマさんじゃないかい。お入り、お入り。」
「すんませんねぇ、毎度毎度。アッシラこんなに雨が続くんじゃ仕事にならねぇんでね。だからと言って家にいりゃカカアに煩がられるし、昼間っから一杯って訳にもいかねぇし、ここはひとつご隠居のありがたい話を聞きながら難しい言葉の一つでも頭に入れておきてぇやってんで来ちまいましたよ。」
「そりゃなかなかの心構えだねぇ。学ぶ心ってのが大事だからねぇ。そいで何の話をしますかね。」
「いやあ、またその話かい!なんて言われそうですが、今やどこにいても例の田沼さまの話ばっかりなんでね。瓦版によりゃ、よその藩のお代官様が田沼さまに向かって『貴殿は息を吐くように嘘を言う』何てことまで言ってたらしいじゃないですか。さすがのアッシもこれには驚きましたよ。まあ確たる資料を出さねえってんだからそこまで言われてもしょうがねえかも知れませんね。」
「しかし田沼さまは何でまたこんな風になっちまんたんですかねぇ。一時は若さみなぎるさっそうとしたお姿だったんですがねぇ。」
「いやホントにね。そうだねぇ、こんな例えはどうだい。アンタたちは『ジブンノハナ』という言葉を知っているかい?」
「自分の鼻ですかい? まああんまり見たこたぁねぇですが顔の真ん中にテメエの鼻があることぐらいは分かりまさぁ。」
「いやいやその鼻なじゃないんだよ。漢字で書くと『時分の花』っていう風に書くんだよ。ちょっと難しい言葉ではあるんだがね。」
「そんな聞いたことも無い言葉をいきなり言われてもねぇ…。」
「アタシはね、田沼さまの騒動を見ていてこの言葉の意味を考えてみてるんだよ。なるべく分かり易く話して見ようかね。
この言葉はね、能の大成者である世阿弥の書、『風姿花伝』に書かれているものなんじゃ。『時分の花をまことの花と知る心が、真実の花になお遠ざかる心なりけり。』と、まあこんな風に書かれているんだよ。」
「ご隠居、そんな難しいことを言われたってアッシ達にゃ何のことやらチンプンカンプンで…。」
「こりゃすまなかったね。分かり易く言うとね、若い時の魅力を生涯失うことのない魅力と思ってしまうことが、真の能力を身につけることを遠ざけてしまうという意味だね。」
「あー、そりゃ何となく分かりやすね。アッシらも勢いだけでいい仕事ができることってのがあるんですが、後になって親方の円熟の技ってのを見せられるととても及ばないなあって思わされるんですよ。」
「だから田沼様もね、若いからって勢いだけで代官職を務めるんじゃなくて地に足をつけたどっしりとした仕事をしなきゃいけないね。謙虚にやるっていうかね。時間をかけて成長していかなきゃね。そして失敗をした時にゃ、一度出発点に戻って地道にやり直すという姿勢を持たなきゃいけないよね。」
「いやあ全くそのとおりです。まだ若いんだからねぇ。」
「まずは猛省して、世間に詫びる姿をみせて一から出直すことが真実の花に近づくんだということを分かって欲しいもんだね。」
「よーし、オイラも家に帰って道具の手入れでもやりますかねぇー。ご隠居の話を聞いていて修行の一からやり直してみようって気になってきましたよ。」
「おやおや、それは良い心がけだねぇ。頑張りなさいよ。また遊びにおいで!」

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