2024年12月10日
(三作目はまだか!という強い声にあらがえず重い筆を取ります。ヨタ話の三題目)
「こんちはー! ご隠居いますかー? ご隠居ー!。」
「はいはい、誰だい? そんな大声出さなくっても聞こえてるよ。おーや、八っあんとクマさんじゃないかい。お上がり、お上がり。」
「すんませんねぇ、二人で来ちまいましたょ。いや、何ね、ちょっと教えて欲しいことがありやしてね。」
「いったい何だろうねぇ。アタシで分かることならいいんだけどね。」
「いや、先に再任なすったお代官の田沼さまのことなんですけどね、例の、賛同してない人や架空の人の名前でお勧進の奉願帳を作って藩に出していなさった件に絡んでなんですがねー。顛末のご説明があったって言うんですが、とても得心できるようなお話じゃなかったってんで大騒ぎになってるってのはご存じですよね。」
「ああ、瓦版屋が大騒ぎしているんで、嫌でも耳に入ってくるよ。まあアタシも如何なものかと訝しく思ってますよ。」
「いやあ、それでね、娑婆にはいろんなお人がいるもんで、中には田沼さまを引き立ててお代官職にお薦めなさったのが小森のご隠居さんらしいから田沼さまのことをあんまり悪くは言えないねぇ、なんてことを言ってるお人がいるってんですわ。アッシラもね、ご隠居がそんなお立場でいらっしゃるんじゃあんまりアレコレと言えないなってことになるんで、そこんとこをご隠居から聞いておきてぇなあなんてことを思いましてね、何て言うですかい、ご隠居のお立場っていうかご関係っていうかをチョット教えといて貰おうかってことでやって来た次第なんすよ。」
「おやおやそうかい。世の中にはいろんなことを言う人がいるからねえ。そうだねぇ、あんまり世間様に向かって声高に話すようなことじゃないけれど、アンタたちに話しときゃあっという間に世間に広がることになるんだろうから、せっかくの機会ってことで昔の話しをしておこうかねぇ。」
「ご隠居、まるでアッシラの口が軽いみたいに言わねぇで下さいよ。まあ固くもねぇけどね。へへへ。なんにしても聞かしといてもらえりゃ有難ぇってことなんでよろしく頼んますよ。」
「お前さんたち、十数年前にご勇退された先のお代官の勢甚様のことを忘れちゃいないよね。あの方はすごいお方でね、御触れの長い文言を一晩のうちに書き上げるっなんてことは平気でなさる人なんだよ。その勢甚様がご勇退をお決めになった時にアタシに後を継げというお話があったんだけどね、あんなすごいお人の仕事を継ぐ甲斐性も能力もアタシには無いからね、お断りを続けていたんだよ。勢甚様だけじゃなく何人ものお代官からも要請があったんだけど断り続けていたんだよ。最後には元のご老中の大盛様までもがアタシに会ってくださったのだけれども、何と言われてもアタシにそんな素質はありませんとお断りをさせていただいた。それじゃどうするんだということでバタバタが続いたんだけども、ある時、今の田沼さまがお独りで手を挙げられたんだよ。あの勢甚様の後継によく手を挙げるもんだと大変に驚いたことを今でも覚えているよ。みんな自分の器を知っているので誰も手を挙げない中でお独りだけが手を挙げたんだから、いやあ驚いたけれども見上げたもんだよねってことでトントンと話が進んだ次第さ。そうは見えないけれど、きっとアタシらには及ばない秘めたお力をお持ちなんだろうねえ。なにせ、お屋敷の普請に邪魔だからとご町内の常夜灯や塵芥溜めを動かさせたりなさるそうだからご無体なお力をお持ちだよねえ。何んにしても、別にアタシが引き立てたとか薦めたとかってことじゃないのでね。アタシはご本人に意見したり諫言したりはしないものの、まあ何て言うか、お手並み拝見っていうところかな。でも世間様に向かっては、お茶会に参加しない人から席料を貰うのはおかしいだろうなんてことを言わせてもらっているよ。だからアンタたちも何んにも気にしなくっていいってことだよ。分ったかい。」
「ご隠居! よっく分かりやした。これでアッシラも遠慮なくアレコレ言わせてもらいますよ。」
「もっとも何を言われても平気の平左衛門ってオヒトだけどねえー。ああいうのを粘り腰が強いって言うのかね。」
「いやあ、往生際がどうこうって言うんじゃないかい! おっといけねえ! 口を堅くしとかなくちゃな!! じゃあこれで帰りやすよ。ご隠居有難うございやした。」
「あいよ、何かあったらまた来なさい。待ってるよ。(無駄に長いヨタ話はいただけないけどね。)」