森のひとりごと

2025年7月16日

2025.07.16

14日に元金沢市長の山出 保さんが亡くなった。某新聞社の記者から電話があり感想を求められて知ることとなった。大変にお世話になり、またいろいろとご指導をいただいた大先輩市長である。お元気だと聞いていたので大変に驚いたが、強い寂しさにとらわれている。心からのお悔やみと大感謝を申し上げる。本当にお世話になりました。合掌。
 僕は山出さんのご功績を語る立場ではなかろうと思う。ただ、僕なりに忘れられないエピソードを幾つか披露して山出さんを偲ぶよすがとしたい。金沢大学を出て金沢市役所に入り、助役まで勤めた後に市長となり5期務めた方である。この人ほど金沢を知り、金沢の文化を愛していた人はいなかったのではないかと思う。僕がプライベートで金沢に遊びに行くと、次に会あった時には必ずと言っていいほど次のように言われた。「森さん、この間主計町に着とったやろ。」とか「西茶屋街で見かけたぞ。」とか「小松弥助だけじゃなく、大野の宝生寿しにも行ってたらしいな。」といった具合。なんという情報網の持ち主かと何度も驚かされた。まさに金沢の生き字引きという人であった。山出さんは全国市長会長を2期務めている。2期目に向かう改選の時に僕は北信越市長会長だったので全国の市長各位に働きかけをし、情勢分析もしていた。報告のために電話をすると「ご苦労さん。ワシは明日からちょっとヨーロッパに行ってくるので宜しくね。」とアッケラカンと話された。ご自分で大勢が分かっていたのだろうと思う。飄々とした大人でもあった。少しの茶目っ気もあった。市町村合併後に初めて会った際には「森さん八尾町と一緒になったんじゃから次に会うときには『おわら』を歌ってくれよな。」とからかわれた。一年後だったと思うが、僕は諏訪町在住の職員を同伴して会議に臨み、懇親会で彼に朗々と歌い上げてもらったところ、大いに喜んでいただいた。そして「アンタの歌じゃなくて良かったよ。」と笑い転げていらしたっけ。懐かしい思い出がつぎつぎに湧いてくる。静かにお休みください。もう一度合掌。

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